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鈴木涼美 娼婦になってみれば見える、誰も平気じゃないこの滑稽な世界(岡崎京子『pink』を読む)

第1回 資本主義と愛と整合性のないカラダ(岡崎京子『pink』)
鈴木涼美
『pink』(岡崎京子著/マガジンハウス)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
連載第1回は、2010年代に入り、『ヘルタースケルター』『リバーズ・エッジ』『チワワちゃん』が映画化、大規模な展覧会が開かれるなど、今もその作品が多くの人を引きつける岡崎京子さんの『pink』を取り上げます。

娼婦としてこの社会を傍観してみると

 お金をもらって誰かと寝てみると分かることがあります。分かるというより、見えてしまうと言った方がいいのかもしれません。それは、人はとにかく矛盾が嫌いな癖に、この世の論理は全くもって首尾一貫していない、ということです。そしてその整合性のないことを隠蔽するために、人はとても器用に世の中を、実際にはない色で色分けしたり、実際にある色を塗りつぶしたりして、ひとまず自分のための目眩しをして日常をやり過ごしています。

 そんなことは、実は売春なんてするまでもなくみんなわかっていることなのだけど、人はお金を払うことで矛盾を補えるという錯覚を持つため、幾らか迂闊になりやすい。やっぱり社会の歪みや論理の破綻を傍観するのに、娼婦ほど良いポジションはありません。お金を払っている側は、買ったという口実のもと、一瞬だけ罪悪感や気持ちの悪さから解放されるので、娼婦の前では自分が通常信じている論理を離れて、ヘンなことを平気で望み、ヘンなことを平気でしてくれます。さらに、お金で買ったというのが最強のエクスキューズになっているにもかかわらず、お金で買ったわけじゃないという幻想を大切にしたり、お金で買えないものを望んだりと、最後まで矛盾し通します。

 世界最古の職業とよく言われる売春は、もちろん資本主義が現れるはるか前、古代ギリシア・ローマ世界にも存在していたとされますが、資本主義社会で実に豊かに発展し、大きく花開きました。ただし、生身の肉体を通して行われるため、この世の一切が商品になることを象徴する存在であると同時に、お金で買えないものがあるということを常に人に諭し痛感させる存在でもあるわけです。ホステスに入れあげる男が、時に心を壊すのは、買えているのに買えていない、という矛盾に耐えられなくなるからでしょう。その矛盾を内包する娼婦は、まず自分の肉体を通じて、さらに自分を買う人の心身を通じて、そして自分と買う人を繋いでくれた場所を通じて、現実には整合性がないということを学ぶことができます。

 そんな現実世界を生真面目に「生きづらい」と言葉にする人が増える中、性を売っている最中の人が「生きづらい」と言葉にすることはあまりない。それは別に、器用だからでも満たされているからでもなく、生きづらさへの疑問なんて答えを期待するだけ無駄、とある種の諦めを持っているからです。こんなにも穢れてこんなにも矛盾してこんなにも壊れた世界を目の当たりにしすぎて、スッキリ生きやすいなんてことはありえない、絶対に解などない、と思っている人は、世の中の間違い探しをする必要がありません。その代わりに、全てを棚上げにして、世の中がどうであれ、私はこれさえあれば生きられる、と思うに足る優先事項を持っていることがあります。

ホストはよくできた空の箱のようなもの

 歌舞伎町のホストクラブは、このパンデミックの中でも客足が途絶えず、むしろ売り上げを以前より伸ばしている店すらあるようです。それは一つには、外界と切断された独自の宇宙にあるからで、もう一つには、一部の消費者にとって全てを棚上げにする「優先事項」の一つになっているからです。ありふれた話であるという点でオリジナリティはありませんが、ホストはたどり着きやすくわかりやすい「優先事項」の一つです。

 ホストクラブは大して有意義なことをしてはくれません。栄養のあるものや美味しいものが食べられるわけでもなく、美味しいはずの高いシャンパンも、割り箸で炭酸を抜いて一気飲みしてしまえば味気ない。特別秀でた芸が見られるわけでも、店内でスペシャルな性的サービスが受けられるわけでも、美容やダイエットにいいわけでもないし、濃厚な議論をするにはBGMがうるさく落ち着きもありません。

 にもかかわらず、或いはだからこそ、自分の持ちえるすべての労力と経済力、そして時間を費やせるほどの受け皿がそこにはあります。言ってみれば、ホストはよくできた空の箱のようなものです。そこに私たちは自分にとって必要なスリルとファンタジーを投入し、世の中がどんなようであってもこれさえあれば大丈夫、と信じられるほど強固な「優先事項」にしてみせます。ホスト通いをしているオネエサンたちがしばしば自分たちのことをホス狂いと呼ぶのは、一般的な優先順位が崩壊している様子がいかにも「狂い」の名に相応しいからです。ショッピングやギャンブルやアルコール、或いは薬物と比べたとしても、そこにどんな物語を載せるかという点において圧倒的に自由度が高いホストクラブは、整合性のない世の中をペンディングにしてファンタジーに飛ばしてくれる仕掛けとして極めて優れているとも言えます。

 一般的な優先順位を壊してしまうことは、壊れた世の中を自分勝手に解釈して生き抜く上でとても有効であるけれども、反面とても危ういことでもあります。たくさんのお金を稼いでいるのにもかかわらず、家賃や光熱費や食費など、一般的には優先順位が高いとされているものに割くお金が確保できなくなったり、友人付き合いや家族との交流に時間や労力を割かなくなったり、1年先の生活や健康や命さえも、今夜の幸福より疎かにしてしまったりします。労働基本法をガンガン無視して働き詰めてしまうこともあります。ホストに通うために働くのだけれども、働く英気を養うためにもホストが必要になって、自分の中で手段と目的が激しく相互依存的になります。そうまでしてファンタジーで補完しなければならないほど、世の中は矛盾に満ちたものだとも言えるわけですが。

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