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鈴木涼美 不相応な値段がつけられた女子高生は、その無意味を証明したかった(橋本治『桃尻娘』を読む)

第2回 無敵だったココロと冷めた見解(橋本治『桃尻娘』)
鈴木涼美
『桃尻娘』(橋本治著/ポプラ文庫)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
連載第2回は、ベストセラー『桃尻語訳 枕草子』をはじめ、評論や小説、エッセイなど多彩な分野で多くの作品を生み出し、2019年に70歳で死去した橋本治さんが、1978年に作家デビューした小説『桃尻娘』を取り上げます。

私が女子高生だった頃

 ルーズソックスとスカートの間に伸びる生脚で、北風をきって渋谷の街をずんずん進む女子高生だった頃、私には嫌なことがたくさんありました。学校には自分が教鞭をとる授業だけは生徒に茶髪のまま出席させない、と頑固に決めたお爺さん先生がいて、その先生の授業がある日は髪を黒く見せるためのスプレーを持っていかなきゃいけなかったし、黒スプレーというのは単に髪が黒くなるだけではなくて、セットスプレーをふりかけすぎた時のように髪がベタベタのギシギシに固まるので、その日の放課後はダサいだけではなくて非常に不快な頭髪で過ごさなくてはいけないのがすっごく嫌でした。どうしても大事な予定がある時は、学校のトイレの水道で髪をシャンプーするしかなかったけど、それはそれで時間がかかるし、寒いし、ドライヤーやヘアアイロンでロッカーはいっぱいになるし、要するに面倒くさいわけです。

 うちの実家は都内の高校に通うには限界すれすれの場所にあって、しかもJRの駅から家までが歩けば30分もかかる距離だった上に、終電より2時間も前にバスがなくなってしまうので、羽目を外して遊ぶとタクシー代がかかるのも嫌でした。門限をつくるような真似はできないくせに、帰りが遅くなると妙な顔で質問ばかりしてくる親も嫌だったし、鎌倉の真っ暗で寒い夜も嫌だったし、一度家に帰ってしまうと友人から呼び出しがあってもちょっとやそっとじゃ外出できないような僻地に居を構える我が家のありようも、近くにコンビニがないことも、キャリアによっては携帯電話の電波が脆弱で、ラジオはFMヨコハマしか入らないことも気に入らない。要するに田舎へのフラストレーションが溜まっていました。

 校則が緩いはずの学校で何故か週に一回あるチャペルでの朝礼では指定のリボンやブレザーを着なきゃいけないことも、文系なのに物理の授業に出なきゃいけないことも、酷い時は生理用パンツの中にまで手を入れてくる痴漢も、おしゃべりの声がうるさいと怒ってくる老人も、電車内で携帯通話しちゃいけないっていうルールも、そもそも東京の物価や交通費が高いのも、制服だと売ってくれないタバコ屋や入れてくれないラブホテルも、全部鬱陶しいと思っていました。そして何より、そういったことを鬱陶しいと思いながらも、その世界に依存して生きなきゃいけない自分のショボさにもイラついていたし、そんな私たちの鬱憤を勝手な言葉で解説しようとする大人の言葉を何より毛嫌っていました。

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