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鈴木涼美 本能が壊れた後に、男女の性は分かりあえるか(岸田秀『性的唯幻論序説 改訂版』を読む)

第5回 たかが一度や二度のセックス(岸田秀『性的唯幻論序説 改訂版「やられる」セックスはもういらない』)
鈴木涼美
『性的唯幻論序説 改訂版「やられる」セックスはもういらない』(岸田秀著/文春文庫)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
今回は、ベストセラー『ものぐさ精神分析』の著者が、1999年の新書版に大幅な加筆のうえ、2008年に刊行した『性的唯幻論序説 改訂版「やられる」セックスはもういらない』を取り上げます。

女性にとってはAV=TENGA

 アダルトビデオを、ラブホテルのBGM程度ではなく、ストーリーを把握できるくらいしばしじっくり鑑賞したことがある女性がどれくらいいるかは分かりませんが、レンタルビデオ店で借りたり、歌舞伎町のその手の店で購入したりしないとなかなか観ることができなかった時代に比べれば、オンラインで無料で動画を再生できる現在ではかなり多いと推察します。初めて見ればそれなりに興味深いかもしれませんが、虫を食べながらセックスをするとか、性器に小型マイクを突っ込むとか、ひたすら尿意を我慢させるとか、そんなマニア向けのものでない限り、どれもこれも似ている上に、キャミソール姿の家庭教師が突然脱ぎ始めて、「次はここをお勉強しましょう」なんて言ってくるような「絶対にあり得ないけどAVではものすごくよくある光景」の繰り返しで、よほど特異な楽しみ方を見つけられない限り、基本的に全然面白くはありません。

 マニア向けのものだって、「誰がこれに欲情するのか」と、広範囲に広がる性的興奮の世界と、それに細かく対応する日本のエロビデオ業界をメタ的な意味で楽しめるというだけで、コンテンツそのものに感動する女は少ないでしょう。むしろ感動的なくらいにつまらないかもしれません。やはり女である私にとっては、つまらない上に使えません。どれくらい使えないかというと、誕生日にTENGAをもらうくらい使えません。

 私は実際にアダルトビデオに出演する仕事をしていたので、仕事で実際の台本を何度も見た事がありますが、シチュエーションや着ている服のパターンと、こちらが演じるべきキャラクターのパターンを把握してしまえば、ほぼそのパターンの組み合わせがくるくる変わるだけなので、中堅以上のAV女優になってくると、台本も結構いい加減なものになります。みんなが出かけた後の家で演じるキャラクターであれば、最初は抵抗するけど徐々に乗り気になる義妹、会議室であれば、出来る女風のスーツ姿で誘惑。シチュエーションを言われれば、大体できてしまうからです。

  そんなものを大の大人たちが真剣に作り、商業的に大きなマーケットを持って、毎年何万本もの新作が発表され続けることは、多くの女性にとっては、ただ世の中はこういうふうになっている、という程度の認識で、イマイチ理由のわからない事態だと言えます。それは当然、アダルトビデオが、人の余暇を充実させるとかエンターテインするためにあるのではなく、多くの女には最初からついていないペニスを勃起させて、射精の手助けをするためにあるからです。そういう意味でも、AVは漫画や映画よりもTENGAにちかい。もちろん、例外的にコンテンツとして優れていたり、工夫のある台本がよく練られていたりするものはあるけれど、それは本来的な目的とは別に、作り手が忍び込ませている副次的なものでしかありません。

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