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鈴木涼美 最も大切にするべき無意味の自由を、大人は自ら手放してしまう(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』を読む)

第9回 もしアリスが女の子ではなかったら(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』)
鈴木涼美
『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル著/矢川澄子訳・金子國義絵/新潮文庫)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
今回は、鈴木さんが「私にとって特別な本」と語る、1865年にイギリスで刊行、その後、世界的なベストセラーとなった『不思議の国のアリス』を取り上げます。

怖がりで慎重だった子供時代

 門を入ると真正面に小ぶりで綺麗な聖堂があり、その向かって左側に小さな園庭、右側に平屋の素っ気ない園舎がある幼稚園に、私が通い出したのは年中の夏休み明け、5歳になったばかりの頃でした。それまでは両親の仕事の都合で保育園に通っていたのですが、同じマンションに親しい家族も何組かいたので、多少留守番ができる年齢になって幼稚園に移ったのです。朧げな記憶を掘り返すと、その頃の私はとても怖がりで、中でも街で迷子になることを極端に恐れていたので、どこか旅行にいっても、目の前に広がる楽しい光景にいまいち集中できずに、常に自分の位置を確認している慎重な子供でした。

 慎重さの出どころについて、思い当たる節がないわけではありません。母は忙しい人で、元来やや感情的で自由な性質だったので、たとえば一緒に博物館に入って、彼女の興味が別のところに向けば、すぐに私から目を離してそちらに夢中になってしまう。何かに腹を立てるとずんずん遠くに歩いていってしまう。思えば私の記憶の中の母は横顔が多く、その分私が母から目を離さないようにしていたのかもしれません。大人になった今は、親の興味が100%子どもに集中していないことは、一人娘だった私にとっては気楽で幸運なことだったように感じますが、まだ地図も読めない、小銭も持っていない子供にとってはそれなりに心細い時もあったのでしょう。

 突拍子もなくどこかに置き去りにされるのではないかという私の恐れはしかし、ある時期を境に次第に薄れていくこととなります。単に成長して冷静になっただけかもしれないし、はっきりしたきっかけなのかどうかは分かりませんが、ちょうどその端境期に、今でも覚えている長い夢を見ました。普段夢なんて全く覚えていないのですが、どうしてかその夢は幾度も思い出すのです。

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