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鈴木涼美 悲しいのはお金で身体を明け渡す女か、幻想をお金で買う男か?(ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』を読む)

第10回 買う男の論理があるのだとして(ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』)
鈴木涼美
『わが悲しき娼婦たちの思い出』(ガルシア=マルケス著/木村榮一訳/新潮社)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
今回は、コロンビア出身のノーベル文学賞作家で、『百年の孤独』『予告された殺人の記録』などの著作があるガルシア=マルケスが、2004年、76歳の時に発表した『わが悲しき娼婦たちの思い出』を取り上げます。

幻想のなかに存在する娼婦たち

 お金と精子を順に放り出して、幾分すっきりした顔をして帰っていく男たちを、私はかつて酷く見下していました。こちらの目に自分が映っていないことなど一切気づかずに、自分が放り出したお金が何に使われているかを知ろうともせずに、幻想上の娼婦に時に愛や心まで捧げてしまう様子はいかにも滑稽で、悲哀に満ちたもののように見えたからです。そして彼らの満足に、こちらの気分や思想が全く関係がないのと同様、彼らがたとえどれだけこちらを軽蔑していようが、こちらの満足にそれが関与しないのも性が売り買いされる場所の特徴です。

 恋愛やセックスとは本来、身勝手に蓄積した性や愛に関する幻想を双方が持ち寄り、それを壊し合って新たな幻想を再構築する作業のように思えますが、そういったお互いの幻想の擦り合わせをしない代わりに、相手の幻想を壊さない約束としてお金で埋め合わせるのが売春です。交渉が必要なのはせいぜい金額と時間だけで、相手が何を考えているか、何を好きで何を嫌うか、このお金は何を意味してどんな理由で支払われるのかさえも、共有される必要がありません。肉体的にも精神的にも何かしらの関係を持つのは事実ですが、関係の向こう側にいるのは自分の中に立ち現れる幻想としての相手だけというわけです。

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