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鈴木涼美 母親を殺さなければ女は絶対に自由になれない(佐野洋子『シズコさん』を読む)

第11回 この世で最も不公平な関係(佐野洋子『シズコさん』)
鈴木涼美
『シズコさん』(佐野洋子著/新潮文庫)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
今回は、絵本作家として数々の受賞歴とロングセラー『100万回生きたねこ』があり、『神も仏もありませぬ』(小林秀雄賞)などエッセイ作品も人気の高い佐野洋子さんが、自身と母親の関係を描いた『シズコさん』を取り上げます。

親なんてとっとと捨てるに越したことはない

 母親を殺さなければ女は絶対に自由にはなれません。捨ててしまえばいいのに、と思うほどの関係をむしろ積極的に引き受けて、自ら苦労を買って出ているように見える娘たちにも、捨てるほどかしら、と思える関係を早々に切り捨てて、力強く孤独と向き合っているように見える娘たちにも、たくさん出会ってきましたが、そこにある重荷としてだけではなく、いないならいないなりの、不在という形でやはり女を悩ませる、母親とはそういうものである気がします。

 まだ私が生きる術も持たず、生殺与奪を母が握っていた頃の母娘関係は、取り立てて酷いものではありませんでした。傷つけられたり、手を振り払われたり、責められたり、嘘をつかれたりすることはあっても、私のすべきことは必死に母に手を伸ばすことだとはっきり決まっているわけだし、そもそも母の作った家庭以外の家をよく知らない。この時、捨てる捨てないの判断をするのは母の方に限られているわけで、最後の最後にこの人が私を捨てることはないとどこかで信じられていた分、私は幸福な子供だったのだと思います。

 少しずつ母のいない場所で過ごす時間が増え、10代になって自分を守ってくれる人が必ずしも母だけではないことを知るようになると、娘が母を見る目は少し冷たくなります。本を読み、友人を作り、師を見つけ、さらに母の知らない私の身体を共有する男を作ると、今まで何の選択の余地もなく信じていた母の価値観と自分自身の価値観が全く別のものになってくる。母を愛するということが、無条件にクリアできる問題ではなくなります。

 そうなってしまえば娘は母を批判することができるようになるし、母が年老いていけばいくほど、今度は捨てる捨てないの判断はどんどんこちらに委ねられていきます。自由になりたいのであれば親なんてとっとと捨てるに越したことはないと分かってはいても、捨てたという自責の念を抱える覚悟がなかなかできないことは多いし、母を嫌うという行為によって、その母に育てられた、一度はその価値観を共有した自分自身の否定につながるような気がして、なかなか乗り越えられません。

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