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鈴木涼美 自分の感性を信じることは世界とのずれを意識すること、すなわち孤独である(鈴木いづみ『いつだってティータイム』を読む)

第13回 女子高生にある個室の自由(鈴木いづみ『いつだってティータイム』) 
鈴木涼美
『いつだってティータイム』(鈴木いづみ著/文遊社 鈴木いづみコレクション5)
キャバクラやアダルトビデオなどの「夜職」、新聞記者という「昼職」、両面から社会を見つめた作家・鈴木涼美さんの書評エッセイ。一日一日を生き延びる糧となった作品を紹介していきます。
今回は、作家、女優として活躍し、36歳で死去した鈴木いづみの『いつだってティータイム』を取り上げます。女子高生時代、制服から私服に着替える場所としてトイレを使っていた渋谷の書店で、鈴木さんはこの作品に出会いました。

トイレは残された路地裏的なものの代表格だった

 女子高生にとって自由な場所というのは少ないので、多くの場合、必然的にトイレは思い出深い場所になります。学校でタバコを吸えるのはトイレの中だけだから、一つの個室に2人や多い時は3人で入って便器を囲んで、期末試験がどうのとか、週末にクラブで歌うんだとか、そんな話をしては、吸い殻がうまく水洗で流れるように、水をつけたトイレットペーパーで絡めて便器に落としていました。それを教師たちもわかっているので、運の悪い友人が教師の巡回に出くわして停学処分をくらったのもトイレの中だったし、鏡の前で昼休みに入念に化粧をしたり、面接のためにスプレーで一時的に黒く染めた髪の毛を冷たい水とコンビニのシャンプーで洗い流したりしたのもトイレでした。

 街にあるトイレも女子高生にとっては小さくて自由な宇宙です。渋谷駅前にできたばかりだった大手CDレンタルショップのビルのトイレは、私が初めて1万円もらって男の性器と射精を見た場所だし、神南郵便局の向かいの大きなCDショップのトイレで、合法だよ、と言われていかがわしい錠剤をもらったこともあります。昔のポップ音楽には路地裏や街角などの場所が登場することが結構ありますが、全体的に明るく健康的にデザインされつつあった街では、そこで何が行われているか完全に把握されない隙間というのがどんどん少なくなっていて、トイレは残された路地裏的なものの代表格だったと言えます。

 かつて道玄坂に存在した大きな書店のビルとセンター街にあった横に広いCDショップは、トイレに入るために毎日のように入った場所です。特に、98年に開業したばかりだったその書店ビルのトイレは真新しく綺麗で、なおかつ上層階のトイレでは列ができることがほとんどありませんでした。私は不躾でワガママな女子高生ではあったけれど、それでもトイレ本来の使い方ではない方法で何人もの人を待たせるのは心苦しい。そういう意味で、お気に入りの場所でした。

 私はその書店の上層階にあるトイレを、主には制服から私服に着替える場所としていました。女子高生の制服は、それを着ているだけで何の才能もキャリアも知識も経験もない無価値な若い女が100万円の価値すら纏うことができる魔法のレッテルであると同時に、女を女子高生という枠の中に押し留めようとする拘束着でもあるので、女子高生の枠から飛び出す夜にはあまり都合が良くありません。だから私たちは、飲み会やイベントの前、なんとなくクラブに行きたい時、お見合いパブなどでお小遣い稼ぎをしたい時などは、街の宇宙であるトイレで、昼の姿を脱ぎ捨てて、夜の装いに変える必要があったのです。

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