『ラグビーって、いいもんだね。』藤島大著 評者・中村計【新刊この一冊】

『ラグビーって、いいもんだね。2015-2019 ラグビーW杯日本大会』(藤島 大)

評者:中村計(ノンフィクションライター)

 タイトルと表紙のイラストを見ても食指は動かなかった。むしろ、敬遠したい部類の本だと思った。正直、いくらなんでも、いかにも過ぎるのでは......と。が、著者名を見て、その考えが一八〇度変わった。この組み合わせなら「十分アリ」だと思ったのだ。


「愛」を語り、それを商品として成立させるのは、実は相当難しい。当たり前だが書き手には、本物の愛情が求められる。さもなくば、言葉は過剰になり、上滑りする。そして、情熱と同じくらいの量の冷静さも必要だ。さもなくば、のろけ話に堕する。もう一つ加えれば、技術がなければならない。伝えたいことほど言葉にしない方が読者の心に染み入るからだ。藤島は、このいずれも満たしている。最後の条件に関しては、テクニシャンという言葉では足りない。藤島は、詩人だ。


〈記憶なのだ。ラグビーのワールドカップは記憶の祭典である〉〈特大の砂袋が高速で飛んでくるようなタックル〉〈力ずくではないのに残忍で荒々しい。ラグビーの理想だ〉〈ラグビーに勝者はない。敗者もない。ラグビーそのものがすでに勝っている〉


 アイシテイルなどと決して言わないが、とめどない「愛」が行間から溢れ出す。人物描写も思わずため息が出る。レジェンド、平尾誠二をこう評する。


〈鷹の視線でグラウンドを呑み込み、鋭敏な直感でゲームを支配、なお用心深いまでに警戒心を解かなかった。負けず嫌いだが露骨を嫌った〉


 読みやすさと読みにくさ、紋切型と奇抜の間をすり抜ける。


 本書はさまざまな媒体に寄稿した短い文章を一冊にまとめたものである。サブタイトルに「2015─2019 ラグビーW杯日本大会」とあるように、一九年のW杯にまつわる記事が多い。


 読み進めつつ、一つのことがずっと気になっていた。藤島は、予選ラウンド二戦目、日本対アイルランドの結果をどう予想していたのか。


 あの時、ラグビーに精通している人ほど、まさか日本が勝つとは思っていなかった。スポーツライターは予想屋ではない。どう予想しようが、評価に影響するものではない。ただ、藤島ほどの見巧者はそうはいない。藤島はラグビーだけでなく、人を見る目も確かな書き手だ。人間が関わるものに「絶対」はないことも熟知している。それだけに本当のところを知りたかった。


 あとわずかで読み終えそうなところで、ようやくその部分に触れた記事が載っていた。「ネタバレ」を気にするような種類の本ではないので引用してもいいのだが、読者には是非、同書を手に取って欲しい。なので、ここでは控える。私は、その件を読んでホッとした。とても正直に書かれているように思えたし、藤島が信頼できる書き手であることを再確認できたからだ。


 最後の最後、タイトルにまつわるエピソードも紹介されていた。じわりとくる。やはりこのタイトルと装丁は、藤島の著書でなければ荷が重過ぎる。
 もったいぶって予想部分の引用を控えた代わりといってはなんだが、もう一ヵ所、抜粋して締めくくりたい。実は、藤島は名グルメライターでもある。カツを食するシーンをご堪能あれ。


〈割り箸が肉をくるむ衣に入る。ジュッ、たまらぬ音がする。勘定を。きょうはいいよ。ラグビーの英雄はかくのごとく遇されるべきだ〉


 ふぅ。ため息が出る。

 


(『中央公論』2020年7月号より)


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◆藤島大(ふじしまだい)

一九六一年東京都生まれ。スポーツライター、ラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。 卒業後はスポーツニッポン新聞社を経て九二年に独立。『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐』(ミズノスポーツライター賞)など著書多数。


【評者】

◆中村計(なかむらけい)

一九七三年千葉県生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(講談社ノンフィクション賞)、『金足農業、燃ゆ』など著書多数。

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