『世界の食はどうなるか──フードテック、食糧生産、持続可能性』イェルク・スヌーク、ステイファン・ファン・ロンパイ著/野口正雄訳 評者:畑中三応子【新刊この一冊】
評者:畑中三応子(食文化研究家)
あまりにも低すぎる食料自給率、異常気象による農産物被害......10年後もこれまでのように食べ続けられるのか? 不安を抱かずにはいられない今、読むべき本が現れた。
食料生産から食品製造、流通、消費(そして消化と代謝まで)にいたるフードシステムの各段階に現在起こりつつある、また近い将来起こるだろう事例やトレンドを提示し、食を、地球を持続させるための強力な〝てこ〟にするシナリオが描かれる。
ハイテク農業、垂直農法、培養肉、昆虫食、植物性食品革命、3Dプリンターによる食品印刷、モノカルチャーから生物多様性への転換、Z世代の消費、食品廃棄、フェアトレード、フードチェーンの透明性、健康食の個別化、新しい流通モデル......と扱うトピックは盛りだくさん、驚きの連続だ。
人類の経済活動が環境を破壊する「人新世」期に足を踏み入れた現在、フードシステム全体に構造的な変革が求められている。このままだと今世紀の半ば頃には、自然が回復できなくなる臨界点に達してしまうからだ。時間は残り少ない。
EUは「農場から食卓まで戦略」で、2050年までに欧州が世界初の温室効果ガス実質ゼロ大陸になることを目指している。日本も「みどりの食料システム戦略」を策定し、同じく50年までに農林水産業のCO2排出量ゼロの実現、耕地面積に有機農業が占める割合の25%への拡大、化学農薬使用量の50%削減などを目標にしている。また、「農政の憲法」と呼ばれる食料・農業・農村基本法は食料安全保障の強化をテーマに、約25年ぶりの改正が進められており、政策においても、食品が最重要課題に浮上しているのである。
「近年で最も著しく有力なトレンド」が、植物性食品を基本にした消費パターン。畜肉生産は環境負荷がきわめて大きいことから、欧米では週に1日以上肉を控える緩やかな菜食主義者(フレキシタリアン)が増えている。そこで急速に発達しているのが、代替肉だ。大豆や小麦など植物性原料から作る方法、細胞を培養する方法は日本でもよく知られているが、なんとフィンランドでは、空気からタンパク質を作る実験が行われている。酵母と細菌を用い、発酵過程によって代替乳製品と代替卵を生み出す方法もあるそうだ。
植物性食品がトレンドになる背景には、コロナ禍でより高まった健康志向がある。その人の健康状態や腸内細菌、DNAなどに適した食事をおすすめしてくれるヘルスケアアプリはもう実用直前だし、健康食品はユーザー個人に合わせたカスタマイズが主流になるだろう。個人の健康特性がすべて記録されたIDカードをレストランの入り口にある端末でスキャンすると、必要なカロリーや栄養素がちょうどよく含まれた料理を3Dプリンターが印刷してくれる。そんな外食が現実になる。
食事が機械にまるごと管理されるのはまっぴらご免ではあるが、本書が予言するように食品の「人々を引き合わせ、結びつける力」だけは確実に変わらないとしたら、テクノロジーと人間が共存する、そんな未来は見てみたい。
著者二人はEU圏の小売業の専門家とジャーナリストだが、全世界の流れが網羅されているので、日本の将来を見通すうえで大きな手がかりになる。と同時に、各国との比較で日本の食の現状を考える糸口にもなるだろう。
(『中央公論』2024年4月号より)
◆イェルク・スヌーク〔Jorg Snoeck〕
リテールディテール社創設者。ロンパイとの共著『The Future of Shopping』は2018年のマネジメント・ブック・オブ・ジ・イヤーを受賞。
◆ステイファン・ファン・ロンパイ〔Stefan Van Rompaey〕
ジャーナリスト、リテールディテールの編集長。消費者行動の調査・研究を行っている。
【評者】
◆畑中三応子〔はたなかみおこ〕
1958年東京都生まれ。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』の元編集長。著書に『ファッションフード、あります。』『熱狂と欲望のヘルシーフード』などがある。