『オッペンハイマー』が映すアメリカ、そして日本...国際政治学者が読み解く

村田晃嗣(同志社大学教授)
写真提供:photo AC
 一時公開が延期されていたクリストファー・ノーラン監督最新作『オッペンハイマー』がいよいよ公開。アメリカで本作を鑑賞した村田晃嗣氏が、国際政治、アメリカ外交史の観点から読み解く。
(『中央公論』2024年4月号より抜粋)

 かつてアメリカの大規模書店には、必ず伝記のコーナーがあった。アメリカ人は、伝記が大好きである。ハリウッドでも、伝記映画(バイオピック)は人気のジャンルである。例えば、エイブラハム・リンカーンやジョン・F・ケネディの映画が、どれほど作られてきたことか。

 クリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー主演の『オッペンハイマー』(2023年)も、この系譜に属する。しかも、興行収入では、歌手のフレディ・マーキュリーを描いたブライアン・シンガー監督『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)をもしのいで、バイオピックで歴代最高を記録した。同時に公開されたグレタ・ガーウィグ監督のロマンティック・コメディ『バービー』とはおよそ正反対の内容ながら、ともに大ヒットし、「バーベンハイマー」と呼ばれる社会現象になった。

 ロバート・オッペンハイマーは、「原爆の父」と呼ばれる理論物理学者である。もちろん、知る人ぞ知る偉大な学者だが、大統領でもなければ花形スポーツ選手でもない。どちらかと言えば、地味な歴史的存在であろう。それが意外な大ヒットなのである。映画の原作も、ピュリッツァー賞を受賞している。著者のカイ・バードは手練れの伝記作家、もう一人のマーティン・シャーウィンは外交史研究の大家である。

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