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累計2000万部超『三体』だけじゃない! 中国SF文学がなぜいま人気なのか 【対談:飯塚容氏×立原透耶氏】

『三体』大ヒットの理由

─今日はSFの定義をゆるやかにして、近未来小説なども含めて魅力を紹介してください。まず、全世界でシリーズ累計二〇〇〇万部を超える大ヒットとなった劉慈欣のSF小説『三体』ですが、昨年、立原さんの監修のもと邦訳が出版されました。これを機に日本でも中国SFがブームですね。


立原》中国では二〇〇六年にSF雑誌に連載されて、SFファンの間だけで話題になっていました。しかし二〇一四年にケン・リュウ(中国系アメリカ人の小説家・翻訳家)が英訳版を出すと、翌一五年にヒューゴー賞(アメリカでSFやファンタジー作品に贈られる権威ある賞)を受賞します。それを機に一般の方も興味を持つようになり、社会現象的に広く読まれるようになったんです。日本では急にブームが来たという感じで、中国とは広がり方がずいぶん違いますね。


飯塚》中国でSFブームが来たのは、今世紀に入ってからだと思います。その背景の一つは、若い書き手が多く現れたこと。


立原》そうですよね。中国のSF作家はデビュー年によって数世代に分類されますが、今は「更新代」や「全新代」と呼ばれる二〇〇一年以降に登場した作家が中心です。


飯塚》それから日本でブームになった要因としては、中国語の原文からではなく、英語圏を経由して入ってきたことも大きいと思います。今、日本で出版されている中国SFのおそらく八割ぐらいは、英語版を翻訳したものですよね。


立原》英語圏でよく読まれる中国SFには共通点があるそうです。それは中国的・アジア的であること。逆にそういうエキゾチックさを感じさせない作品は、あまり好まれないみたいですね。だから作家も、あえて中国的な要素を埋め込む工夫をしている。つまり、最初から海外展開を狙って書いているわけです。私は、そういう作家さんに何人かお会いしたことがあります。


飯塚》なるほどね。また日本人の側も、中国から直接来るより、欧米経由のほうが受け入れやすい傾向があります。たとえばSFではありませんが、九〇年代初頭の『ワイルド・スワン』もそう。中国出身の作家ユン・チアンのノンフィクションですが、英語圏で大ベストセラーになったことで、日本でも爆発的にヒットしました。  それからもう一つ、日本では、立原さんのように中国SFを地道に紹介してきた人たちがいました。雑誌で言えば、早川書房の『SFマガジン』の功績も大きいと思います。そういう土壌があったからこそ、『三体』で中国SFが一気に花開いたのではないでしょうか。


立原》『三体』が面白いのは、とにかく発想が突飛なところ。古代の聖人が入り乱れながらVRゲームを作るとか。科学的に突き詰めればいろいろ不自然な点もあると思いますが、それを押しのけるパワフルさがあります。アイデア勝負なところに惚れ込みました。  それから、人間のことを「虫けら」と呼び捨てるところがグッときます。劉慈欣さんは、他の短編でも人類を「虫けら」や「蟻」に喩えるシーンを書いています。それについてご本人に尋ねたら、「マクロとミクロの視点を意識しているから」とのことでした。ミクロの視点として蟻や虫を出すそうです。


飯塚》たしかにゲームのシーンは面白いですね。科学的な知識をふんだんに盛り込みつつ、サスペンス風な展開で読者を惹き付けます。ただし、地球人と異星人が戦うわけですが、地球防衛軍の主要メンバーはすべて中国人で、欧米人が中国人に何の疑問も持たずに従っています(笑)。日本の小説なら日本人が、アメリカの小説ならアメリカ人が中心になるのは当然ですが、ちょっと違和感がありますね。


立原》中国の読者もそれを求めている気がします。一方で日本の場合、たとえば田中芳樹さんの大ベストセラー『銀河英雄伝説』の主要登場人物は日本人ではありません。このあたりは、日中の違いというより作家の個性かもしれません。

中国政府の強力な後押し

飯塚》中国SFが世界的に話題になっているのは、中国政府の後押しも大きいですね。とにかくお金をかけて賞を創設したり、盛大なイベント的なものを開いたり。


立原》以前は二つぐらいだったSFのイベントが、今では地方を含めて多数あります。時には共産党幹部が最前列を占拠し、彼らの挨拶があって、SF関係者の挨拶が続くという感じ。共産党が密接に関わっていることがよくわかります。  また成都市は「SF都市宣言」をして、街自体をSFの聖地にしようとしています。世界中から"巡礼者"を呼び込むために、巨費を投じてテーマパークや研究施設などさまざまな建物を建設中です。  経済面でも、今では「SF産業」と呼ばれる分野が確立しています。どこにどれだけのお金をかけて、どれだけ儲かったかという報告が毎年されるようになっているんです。官民を挙げてSFを後押ししている感じですね。それに、結果が出るようにきちんと計算している。すごくうまいなという気がします。日本はとても真似できない。(笑)


飯塚》に限らず、映画などあらゆる文化芸術で、政治的に問題がなくて国威発揚に使えるものは何でも使うという感じです。政府のバックアップを受けたSF文学は、今後ますます力を得ていくでしょう。  だから、SF文学とか純文学といった区別はもう意味がないと思います。SF作家には「自分たちは傍流」という意識があるようですが、むしろ今は力関係が逆転しているかもしれません。


立原》SF小説は子供向けの科学普及のための読み物とされ、文学として扱われない時代が長くありました。それが急に脚光を浴びるようになり、拡散と浸透の時代に入りました。もう傍流ではないですね。  それどころか、SFは現実の科学技術の発達とも強く結び付いています。たとえば劉慈欣は、政府から「中国火星大使」に任命されました。つまり科学技術の象徴的な存在になっているわけです。  言い換えるなら、中国SFの根本には科学の普及があるということです。現実の科学と幻想が混在してもかまわない。とにかくSFを通じて子供のみならず若者にも科学的な思考を教え、国家として科学強国になることを目指しているわけです。先ほどお話ししたSFのイベントに出席する共産党幹部も、そんな挨拶をすることがよくあります。

大陸で出せないSFは台湾で

飯塚》たしかに、中国社会のIT化は日本よりずっと進んでいます。キャッシュレス決済が当たり前だったり、AIを使ったドローンやアンドロイドが発達していたり。 そういう社会で暮らすと、本当に快適らしい。私の友人がこの一年、中国で暮らしていたのですが、最初は社会に溶け込めなかったものの、スマホにいろいろアプリを揃えたら、すべてが便利になったそうです。 たとえば昨今の新型コロナウイルス対策としても、過去二週間の行動履歴を下に健康状態を証明してくれるアプリがある。その代わり、個人情報を逐一提供することになりますけどね。今の中国は「幸福な監視国家」と呼ばれていますが、まさに言い得て妙だと思います。最近のSF作品も、そういう現状を反映しているんじゃないでしょうか。 ただし、すべての作家にとって創作環境が快適というわけではありません。中国には「主旋律」という言い方があります。政府の意向に合致したテーマで書くことを指す言葉です。純文学の作家の中には、主旋律をしっかり守って書く人もいますが、反発して社会批判の要素を盛り込んで書く人もいる。また、政治にいっさい関わりのない自分の日常生活だけを書く作家もいます。SFの作家も同じでしょう。


立原》最近、政府によって作品の発表が禁じられたという話を、少なくとも私は聞いたことがありません。しかしそれは政府が寛容になったというより、作家のほうが自主的に「こういう書き方は危ないだろう」と忖度している感じです。あるいは作家が暴走しそうなら、出版社側がブレーキをかけるとか。それぞれの立場でバランス感覚を身に付けている気がします。


飯塚》国内で出せないと判断したら、台湾や香港で出すとかね。たとえば、私が紹介したい一冊の『しあわせ中国』は香港で出版されました。二〇〇九年に書かれた作品で、舞台は当時から見て近未来の二〇一三年。皆が過去の記憶を失って幸せに暮らしているというディストピア小説です。「幸福な監視国家」を予言した作品と言えるかもしれません。  あるいは、台湾で刊行された王力雄の『セレモニー』もおすすめしたい。日本では『三体』とほぼ同時期に出た近未来のSFですが、まったく対照的な作品です。『三体』に政治色はゼロですが、『セレモニー』は体制批判が全面に出ている。そもそも国家主席を暗殺する話ですからね、中国で出せるはずがない。  また『三体』にはなくて『セレモニー』にあるエンタメ要素は、男女の恋愛や性愛です。靴にICチップが埋め込まれ、行動をすべて監視される社会なので、浮気がすぐにバレてしまいます。(笑)  王力雄は、かつて民主化運動の活動家として逮捕されたり軟禁されたりした経緯があります。もともと政府に批判的なので、作品も過激になるのでしょう。  ただし、こういう作品を読んで、「やっぱり中国は怖い」と思うだけではダメだと思います。近未来の日本も似た姿になるのではないか、という視点も重要です。美術や映画の分野では、表現の自由がおびやかされる事態も起きています。「明日はわが身」という警鐘を込めて、この作品を選びました。


立原》先生はディストピアの世界がお好きなんですね。いずれも中国大陸では出せない作品なので、ドキドキします。  台湾に関連して言うと、私は『台湾セクシュアル・マイノリティ文学(2)紀大偉作品集「膜」』をおすすめしたい。特に表題作の「膜」は、ジェンダーSFの最高傑作だと思っています。ディストピアではありませんが、やはり大陸では書きにくい。台湾だからこそ生まれた作品です。  日本はまだ、ジェンダーで遅れている部分があります。こういう作品から学んでいくべきじゃないかなと。


飯塚》ジェンダーにしてもLGBTの問題にしても、台湾は日本よりずっと先行していますからね。  ついでにもう一冊挙げるなら、やはり台湾で出された『グラウンド・ゼロ』もいい。近未来に台湾第四原発がメルトダウンを起こすという小説です。東日本大震災による福島第一原発の事故を受けて、台湾でも反原発運動が加速しました。著者の伊格言は、本作を書くことで運動を推し進めようと考えたそうです。  実際、これが見事に実を結び、台湾は政権交代を経て脱原発に政策の舵を切りました。ディストピア小説は政治による不自由を描くものが多いですが、この作品は文学の力で政治を変えられることを示しました。
(構成:島田栄昭)

 

(『中央公論』2020年5月号より抜粋)

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◆飯塚 容(いいづかゆとり)

1954年北海道生まれ。東京都立大学大学院修了。専門は中国近現代文学および演劇。著書に『中国の「新劇」と日本』など。訳書に、高行健『霊山』『ある男の聖書』『母』、余華『活きる』『ほんとうの中国の話をしよう』『死者たちの七日間』、閻連科『父を想う』、高行健・余華・閻連科『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』など。2011年に中華図書特殊貢献賞を受賞。


◆立原透耶(たちはらとうや)

1969年大阪府生まれ。大学院生の時から香港に通い詰め、のちに中国大陸に留学。91年「夢売りのたまご」で下期コバルト読者大賞受賞、翌年『シャドウ・サークル 後継者の鈴』で文庫デビュー。以来、ファンタジーやホラーやSFなどを発表。中華SFを好み、翻訳や紹介がライフワークになる。劉慈欣『三体』日本語版を監修。某私立大学で中国語の教員をしている。

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