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香山哲『ベルリンうわの空』【このマンガもすごい!】

かとうちあき
『ベルリンうわの空』(香山哲著、イースト・プレス)

評者:かとうちあき(『野宿野郎』編集長)

 すごいな、面白いな、と思うものに触れて、でもそのすごさや面白さをぜんぜん言語化できなくって、もどかしくなることはありませんか。わたしはある。しょっちゅうある。っていうか毎回だ。それで「すごい」「面白い」を連呼して、マンガの場合は「とにかく読んでみて!」とか言っちゃうので、おのれの言語化能力の乏しさや頭の悪さに打ちひしがれるのです。


 今回ご紹介させていただく『ベルリンうわの空』の中には、 「生きていると、わからないことが多いな... ほとんどわからない」 と主人公(香山哲さん)が呟くところがあって、わからないものはわからないものとして受け止めてゆく佇まいがとてもすてき。そうだよ、わからないことばかりだよ、なんてわたしは激しく頷いちゃうわけですが、わからないものをわからないと認識することと、あるはずのものや考えを言語化できないことは、ぜんぜん違うんだよなあ......。


 このマンガを読んでいると、わからないことはやわらかく受け止めて、でも発見や思考は明晰に表現されているので、「頭のいい人はすごいなあ」ってほれぼれするのでした。
 あと、自分が知りたかったことや、言葉にできなかったもやもやが形にされている感じがすごくあるのですが、そもそも共感がおこるってことも、言語化(マンガ化?)能力の高さゆえなんだろうなあ。


 ってあらすじ紹介もまだなのに、一体全体なんの話をしてんだよって感じですよね......。 『ベルリンうわの空』は、作者の香山哲さんが実際にドイツの首都・ベルリンに住んで、街や生活について考えながら描いた、随筆的なマンガです。


 登場人物たちが、動物だったり宇宙人みたいな感じだったり、人と言い切りにくい多様な姿に描かれているため、どこか別の街、別の世界の話のようにも読めるんだけど、それぞれ個性のある人やベルリンの街の姿をじっと見つめていったら、世界はこう見えるのかもしれないっていうリアルさがあって、不思議な読み心地です。 「街全体に余裕ややさしさが多いな...」と香山さんが感じて描く、たくさんの移民たちがまざりながら積み重ねてきたベルリンの街は、多くの社会問題や葛藤を抱えてはいるものの、広場や公園がたくさんあってあちこちで人が集っていたり、いらなくなったものをとりあえず誰かのために置いておく文化があったり、個人経営のカフェが多かったりと魅力的。


 そこで香山さんは散歩をしたりスーパーに行ったり、のんびり生活をしてゆくのですが、ただ街のよさを味わうだけではなくって、カフェで知り合った人たちと「こども新聞」をつくって配り始めるなど、街を形づくるような行動もしていきます。


 ずっと同じ場所にいると、その環境に合わせてうまく生きることをよしとしてしまいがちだけど、自分が住みたいと思う場所を探して選んでゆけばいいんだよな、とか。よい場所は個人個人の行動の積み重ねでつくられたり保たれたりするんだよな、とか。自分の好き嫌いを少しずつ知ってゆき、なるべく手放さないで生活してゆこうとする香山さんの日々を追体験することで、考えさせられることが、たくさん!


 このマンガは一冊で完結していますが、現在、続きともいえそうな『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』が電子書籍ebookjapanに連載中です。


 ほかにも、作品配信サイトnote(https://note.com/kayamatetsu)上では文章や「自主れんさい漫画」の『ビルドの説』などを読むことができます。香山さんによれば「ビルド」とは「生活拠点ではないところに新たに自分の快適さや充実を、無い場所に作り出すこと」。これを使って海外に滞在するようすが描かれているのですが、「ビルド」が上達したり面白がれたりするようになったら、なんだか気が楽になれそうです。


 ほかにも、香山さんは自身が主宰するレーベル「ドグマ出版」から、長く作品を発表しており、現在も『香山哲のファウスト1』『心のクウェート』などが手に入るはず。


 どれも、すごくて面白いので、とにかく読んでみて!


 
(『中央公論』2020年5月号より)

かとうちあき
〔かとうちあき〕
一九八〇年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒業。高校一年生で野宿デビュー。以後、順調に野宿を重ね、現在、人生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)&社長(自称)。介護福祉士。著書に『野宿入門』『あたらしい野宿(上)』。
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