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カミュ『ペスト』だけじゃない 要再注目!いま自宅で読みたい本はコレだ 【対談:岡崎武志氏×永江朗氏】

危機にこそ先人に学ぶ

岡崎》新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄訳、新潮文庫)が売れているそうですね。


永江》先日チェックしたらAmazonでは品切れ、私が見た限り、街の本屋のどこにも在庫がありませんでした。


岡崎》久しぶりやなあ、本屋から消えるほど売れる本の話を聞くのは。


永江》大きな社会的事件や事故がきっかけで特定の本が売れるというケースは、わりとあるんですよ。東日本大震災の後には吉村昭『三陸海岸大津波』(文春文庫)が話題になり、鴨長明『方丈記』が災害記録文学として注目されました。ただ『ペスト』は、虚構なんですよね。石弘之『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)が売れるのはわかりますが、『ペスト』は一九四七年に出版されたフィクションであって、もともとは全体主義やファシズム、共産主義などのメタファーとして読まれていたわけでしょう。


岡崎》確かに、小松左京『復活の日』(角川文庫)なんかのほうが、時代的にはリアルな気がする。


永江》でも、実際に感染症が流行ってみると、あまりにも似た状況が起きている。流行初期には医師会のボスが「ペスト」と言わないようにしようとするとか、行政の初動が遅れるとか、街を封鎖したら人々のフラストレーションが極限まで溜まっていくとか。半世紀以上前の小説ですが、今の私たちにリアリティをもって迫るものがある。


岡崎》現実的な危機や恐怖は、読書の入り口としては間違っていない気がするね。


永江》先人に学ぶ、ということですよね。震災後の原発事故では東京電力側が「想定外だった」と連呼しましたが、明治、昭和の大津波の状況や人々の行動を記録した『三陸海岸大津波』を読むと、決して「想定外」ではなかったとわかる。みんなが忘れてしまったような過去の事実をきちんと伝えてくれるのは、書物のすごさだと思います。

一発屋と定番作家

岡崎》二〇〇八年頃「年越し派遣村」に関連して、小林多喜二『蟹工船』が注目されたこともありましたね。新潮文庫版が一年で五〇万部売れたとか。文庫と漫画の総計が八〇万部! Tシャツや「蟹工船弁当」まで出た(笑)。〇八年一月、高橋源一郎と雨宮処凛が行った『毎日新聞』での対談で雨宮さんが「『蟹工船』は今のフリーターの置かれている状況と似ている」と発言したのがきっかけだったそうですが。


永江》バブル崩壊直後にはフリーター=気楽でいいよね、というイメージだったのが、景気の悪化に伴ってワーキングプアや貧困が深刻化し、全然気楽じゃない、ひどいぞ、と。その流れでプロレタリア文学への注目が高まり、「蟹工船」ブームにつながったのでしょう。


岡崎》しかし他のプロレタリア文学、例えば小林多喜二を描いた戯曲、井上ひさし『組曲虐殺』(集英社)にまで手が届いたとか、中野重治を読み直す人が増えているという話は聞かないから、どこか一発屋っぽい。もちろん、普段読まない人が読んでみようかなと思い、読んだら意外と迫力があって面白いとなれば、それでいいんだけど。継続した読者にはならないという意味では、タピオカのブームと同じちゃうかな。(笑)


永江》今回『ペスト』を手にとった人には、篠田節子『夏の災厄』(文春文庫)も読んでもらいたいな。これは篠田さんが八王子市役所勤務時代の経験から書いた小説で、日本脳炎に似た伝染病に突如襲われた郊外の街が、行政の後手後手の対応のせいでパニックになるという話です。


岡崎》カミュといえばサルトル、サルトルといえばボーヴォワール、みたいな方向性もありますよ。カミュをきっかけに同じ実存主義文学の作家を芋づる式に知ってもらえると、僕らとしては非常にうれしい。


永江》継続的な人気ということで言うと、太宰治ブーム。あれは定期的に来るよね。


岡崎》ああ、ありますね。


永江》しかも不思議なのは、ほぼ全作品が「青空文庫」(著作権の消滅した作品、または著作権者が許可した作品をインターネット上で無料公開したサイト)でタダで読めるのに、本が売れているということ。これはまだ青空文庫に収録されていないけれど、夏の文庫フェアでは『人間失格』は集英社、新潮、角川に入っている。


岡崎》やっぱり紙の本を手元に置いておきたいんだ、というのは救いですね。


永江》二〇〇七年夏、集英社文庫が『人間失格』に『DEATH NOTE』で人気の漫画家・小畑健によるイラストのカバーをつけたら一ヵ月半で七万五〇〇〇部売れたとか、芥川賞を受賞した、お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹が心酔しているというので話題になったり。そもそも太宰人気の基礎はずっとあるんですよね。遺体が発見された日を「桜桃忌」として今でも墓参が絶えないのは、その証です。だからこそ何かきっかけがあると、大きなリバイバルにつながる。

POP・帯・書店員のチカラ

岡崎》目立たなかった古典が、店頭POPや帯からブームになることもあるね。井上ひさし『十二人の手紙』(中公文庫)が売れているそうですが、一九七八年の刊行当時、話題になった記憶はないんだよなあ。


永江》旧作文庫の発掘企画の一つだったようですよ。都内の書店でレジ前に置いてみたら、コンスタントに売れた。そこでミステリーマニアで知られ、「本屋大賞」に関わっている広島のカリスマ書店員に帯コメントをもらって展開したところ、三ヵ月で一〇万部に届くヒットになった。  書店員による発掘はときどきあります。古いところでは、テリー・ケイ『白い犬とワルツを』(兼武進訳、新潮文庫)。千葉県の津田沼駅前にあった昭和堂の店員のPOPから人気に火がついた。


岡崎》書店員が本のことを知らないとか悪口を言われる中、意地を見せてくれた感じがしたな。


永江》『十二人の手紙』も、二年前に突然ブレイクした三島由紀夫『命売ります』(ちくま文庫)も、帯の文句が手書き文字でした。九〇年代に流行したヴィレッジヴァンガードの手書きPOPに馴染みのある層にとって、手書き文字の味わいは、ポジティブなイメージなんですよね。


岡崎》洗練の逆やね。かつて駅の伝言板にチョークで書かれた汚い文字のような生々しさというものが、世の中から消えてしまった今、手書きが新鮮というのはよくわかるな。


永江》その感覚を中公文庫やちくま文庫はうまく使っていますよね。


岡崎》ちくま文庫は何と言っても、獅子文六を復活させたのが偉い。三十代の編集者が「やりたいんだ」と社内を説得して。 永江 メガヒットを狙わないのが勝因かもね。そこそこ売れればいい、ぐらいのスタンスが逆に効いている。

力のある作家はよみがえる!

岡崎》しかし『十二人の手紙』の井上ひさしにしろ有吉佐和子『悪女について』(新潮文庫)の再ブームにしろ、やっぱり力のある人やね。物語をきちっと書ける人の本が再読されている。傑出した作家の、面白くて、しかも現代性のある作品。これ、大事やね。読めば絶対に面白いんだけど、特に物故作家の場合、出会うチャンスがない。となると、何かのきっかけで若い世代が知ればブームは起きうる。  佐藤泰志という一九九〇年に自死した地味な純文学作家を巡っても、似たようなことが起きている。二〇一〇年前後から次々と作品が文庫化され、さらには代表的著作がすべて映画化されるという「佐藤泰志バブル」が起きて、僕もいろいろ仕事させてもらいました。最近では、野呂邦暢の再評価が進んでいます。随筆集『夕暮の緑の光』(みすず書房)は新装版が出ました。力のある作家はリバイバルするんですよ。特に佐藤は社会の閉塞感に打ちひしがれた若者を描いているから、時代が回り回って今ヒットするのでしょう。  売れたといえば、『漫画 君たちはどう生きるか』(羽賀翔一画、マガジンハウス)は売れたねえ。あれはまず、コミックやね。


永江》原作は吉野源三郎のロングセラーですね。中高年以上の人に「若者に薦めたい本」を聞くと挙がる。


岡崎》鶴見俊輔さんも、一級の哲学書だと推していました。


永江》漫画の大ブレイクには仕掛けの妙もあったと思います。原作に大胆なアレンジが加えられている。岡崎さんがおっしゃったように、元々が長く支持される良質な作品であり、形を変えたことでそれをより広い読者に知らせることができた、ということなんでしょうね。

漫画で開眼、古典の魅力

岡崎》ただあの話は僕みたいな貧乏な時代の大阪に育った者からすると、ちょっと鼻につくのよね。「おじさん」はきっと帝大生でしょう。


永江》まあね。でも原作が書かれた一九三〇年代当時、高等教育を受けられたのは人口のおそらく一、二%。エリートの責任のようなものがあった時代ですからね。


岡崎》ノブレス・オブリージュですか。


永江》そうそう。漫画が優れた表現手段だなと思うのは、銀座・和光の上から俯瞰するシーン。小説ではわからない細部のイメージが手に取るようにわかる。絵画表現のすごさを感じましたね。


岡崎》羽賀さんの絵がまた、ざら紙の匂いのするようなタッチで、内容にマッチしていたしね。  漫画といえば、「マンガ 日本の古典」シリーズ(中央公論新社)が刊行から二五年を経て、再び売れているとか。描き手がみんな超一流。


永江》中高生が漫画で歴史や古典を学ぶ流れは、「ビリギャル」で完全にできましたね。「ビリギャル」のモデルになった女子高生が「学習まんが少年少女日本の歴史」シリーズ(小学館)を愛読して慶應義塾大学に合格したことから、「歴史はまず漫画で基礎を学べばいい」というイメージが親御さんの間に広まった。


岡崎》漫画はまだまだいける感じがするな。僕も谷口ジローと関川夏央の漫画『『坊っちゃん』の時代』(双葉文庫)が好きで何度も読み返しているけど、漫画から漱石や啄木に入るのもいいよね。僕なんかは漫画に対する偏見はまったくなくてね。


永江》だって岡崎さん、漫画家じゃん。


岡崎》そう、俺、漫画家。(笑)


永江》上京当初は漫画家でしたね。履歴から抹消していますが。(笑)


岡崎》じゃあやっぱり偏見あるんやな(笑)。最近驚いたのは佐々大河『ふしぎの国のバード』(KADOKAWA)やな。『日本奥地紀行』を書いたイザベラ・バードを漫画にしようという発想がすごい。


永江》『戦争は女の顔をしていない』(小梅けいと画、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ原作、KADOKAWA)も、これを漫画にするのかと驚きました。原作はノーベル文学賞受賞作家の主著で岩波現代文庫に入っているけど、第二次世界大戦のソ連の従軍女性たちの地味な話で、たいして売れていないはずです。


岡崎》もはや漫画にできないものはない、みたいになってきたよな。僕も、もういっぺん戻ろうかな。(笑)


(本対談の後半は略)
構成:高松夕佳

 

(『中央公論』2020年6月号より抜粋)

 

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◆岡崎武志(おかざきたけし)

1957年大阪府枚方市生まれ。立命館大学卒業後、高校教師、雑誌編集者を経てフリーライターに。『気まぐれ古書店紀行』『読書の腕前』『上京する文學』『昭和三十年代の匂い』『蔵書の苦しみ』『気まぐれ古本さんぽ』『ここが私の東京』『古本道入門』など著書多数。


◆永江 朗(ながえあきら)

1958年北海道生まれ。法政大学卒業。西武百貨店系洋書店に約7年勤務の後、『宝島』および『別冊宝島』の編集を経てライター専業に。『インタビュー術!』『本を読むということ』『筑摩書房 それからの四十年』『小さな出版社のつくり方』『私は本屋が好きでした』など著書多数。

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