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シャンプーハットこいで『パパは漫才師』【このマンガもすごい!】

難波功士

評者:難波功士(関西学院大学教授)

 二〇一八年、「サンデーうぇぶり」連載一回目の最初のコマには「私は浪速の漫才師です。シャンプーハットこいでと申します。ボケです。上方漫才大賞奨励賞を頂き、現在は大賞目指して頑張っています」とあります。「シャンプーハット」のことを、『中央公論』読者の皆さんがご存じかやや不安なのですが、関西ではそれなりに人気を得ている漫才コンビだとまずご理解ください。

 そのボケ担当こいでには、連載開始当時六歳だった長男なおじを筆頭に、一男二女の子どもたちがいます。漫才のネタ帳に、子どもたちが大きくなったら教えてあげようと、さまざまなエピソードを書きためてきたことが、このマンガにつながったとか。『パパは漫才師』は、こいで家の日常を中心に、こいでと芸人仲間たちとの交流を描いたエッセイマンガです。

 第五巻「第10幕 ママからのお話」の冒頭には、そのネタ帳自体も描かれています(第10話でも第10回でもないのは、演芸人としてのこだわりでしょう)。帳面の「漫才」のページには、「カード地獄 プロ野球カード 何枚買っても八重樫ばっかり」といったネタが、一方「子供」のページには「ちこ これがウワサの」などと書き留められています。

 このメモが活かされたのが、第三巻の「ちこちゃんの流行り言葉」シリーズです。ある時期、次女のちこは、何に対しても「これがウワサの」をつけるのが口癖となっていました。ある日、こいでが長女の唯とちことを焼肉店に連れて行ったときのことです(ママとなおじはサッカー部のごはん会)。肉を食べたちこは、「これがウワサの焼肉か~!」、ライスが来たら来たで「これがウワサの白いごはんかー!」。

 すると、隣のテーブルの老夫婦が、目に涙を浮かべながら「私達、頼みすぎて。(中略)良かったら食べてくれる」と、皿ごと肉を渡してきます。どうやら、生活の苦しい父子家庭が、初めて焼肉店に来ることができたのだと推測したようです。ちこは立て続けに「これがウワサのウインナーか!」「これがウワサのデザートかあ!」と連発します。感極まった老夫婦からは「また連れて来てあげてくださいね。頑張って! お父さん!」の声がかかります。

 そして支払いの際には、お札を見て「これがウワサの1万円かー」。さら
に帰り際に「お隣さんにちゃんとお礼言うてな!」とこいでが促すと、ちこは「ごちそう様でした。これがウワサのおなかいっぱいかー」。こらえきれず号泣する老夫婦を見ながら、こいでは内心、「ちこ、ええ加減にせえよ......」。

 基本的にはこうしたほのぼのとした話ばかりで、登場する芸人仲間にしても、一人として悪人が出てきません。そこに物足りなさを感じる向きもあるでしょうが、私はこのマンガを読み進んでいくうちに、こいで家にかなり感情移入してしまいました。三五年の住宅ローンに、まだまだ幼い子どもたち。パパ・ママを中心に、家族で乗り越えていかなければならないことばかりです。

 こいでは家の購入を機に、「周りを救うには、金がいる。今のままの仕事では、全てを救えない」と考え、「仕事量を増やし、芸人としてもっと上に行く」ための目標を設定します(第三巻「引っ越し」シリーズ)。歌ネタや一人芸にも力を入れ、二〇一六年には歌ネタ王決定戦やR-1ぐらんぷりで決勝まで進みました。この時、本業での目標は、やはり上方漫才大賞受賞です。その後吉本坂46にも参加し、デビュー曲の選抜メンバーに入りますし、画業では個展も開きます。最近ではステイホームが続く中、自らのユーチューブ・チャンネルを立ち上げ、自宅からの配信にも乗り出しているようです。その奮闘振りに私も、焼肉店での隣席の老夫婦のような心持ちになってしまいます。

 最後に蛇足ながら、この四月、シャンプーハットは第五五回上方漫才大賞を獲得しました。これがウワサの有言実行か~!

(現在、五巻まで刊行)

 

〔『中央公論』2020年9月号より〕

難波功士
〔なんばこうじ〕一九六一年大阪府生まれ。京都大学卒業後、博報堂入社。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。博士(社会学)。専門はメディア史、ユース・サブカルチャーズ史。『族の系譜学』『ヤンキー進化論』など著書多数。
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