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村上貴弘 アリ語で寝言を言うほど研究に没頭【著者に聞く】

村上貴弘

─アリの音声コミュニケーションを研究されているとのことですが、一体、アリは何を話しているのですか。

 私が主に研究している南米原産のハキリアリは、農業をするアリで、キノコを栽培するために葉を刈って巣に運んでいます。この葉を切っている時に、ハキリアリが音声を使ってコミュニケーションをすることが明らかになりつつあります。しかも、興味深いことに、キノコが育ちやすい葉と、イマイチ育ちにくい葉とで、切っている時に出す音が明確に違うのです。現象として切る頻度の低い葉があるので、それを我々は嫌いだと見なしています。「この葉っぱはいい」という時の音はリズミカルですね。しかし、実験で、アリが嫌いな葉の下にスピーカーを置き、好きな葉を切っている時の音を流すと、近寄っては来るものの刈りません。ですから、刈る葉を選定する基準は、音だけでなく他にもあるみたいです。

─アリは葉をどうやって選別しているのでしょうか。

 アリは、現地だと約九五%、つまりほぼ全ての植物種を刈ることができます。何日か経つと刈る植物種を変えるのですが、その理由の一つは、特定の植物種は刈られ過ぎると、防衛するための苦み物質を出す場合があるためです。また、日ごとにキノコの状態が変わるのに合わせて、ハキリアリはキノコが好む葉を選んでいるようです。葉の成分分析をすると、例えば桜の葉の成分であるクマリンやお茶の成分カテキンが含まれていると刈らないことがわかっています。アリには全く無影響ですが、培地に混ぜて菌を育てるとうまく育たないのです。アリがどのように葉を査定しているのかはわかっておらず、これからの課題です。

─もしアリと会話できるとしたら何を聞いてみたいですか。

 働きアリであるメスは行動観察していて何となく言いたいことはわかります。しかし、オスが一体どういう気持ちでいるかがわかりません。交尾するという一つの機能しか持たないし、巣の中では働きアリにいじめられているし、何の仕事もできないし、どう思っているのかなと。悲哀に満ちた愚痴ばかりだとは思うのですが。

─アリの社会は人間社会にとって参考になりますか。

 例えばハキリアリは約二五〇種いますが、巣が極めて小さく社会がシンプルな種から、一つの巣に数百万匹がいて、二〇〇ものキノコ畑を作る種まで、進化段階が揃っています。普通は小さい社会から大きい社会に単線的に進化するのではないかと思うところですが、そうではなく、どちらの種も生き残れています。人間は社会を構成するとき、一つの目標に向かって邁進するのが善だと思うかもしれませんが、各々の地域に合わせた社会システムや向上の仕方があって、それは長い時間をかけて作り上げるものだということは、アリから学べるところだと思います。この本はそんなアリの姿を多くの人に知ってもらいたくて書きました。

─今後の研究の展望を教えて下さい。

 アリの音声コミュニケーションの実態を解明したいです。そして、ハキリアリやヒアリによる人間社会の被害を、農薬や殺虫剤を使わずに、音声やアリとの会話を通じて解決することを目指しています。今、約一五タイプの音を検出できていて、それらを組み合わせているのも少しわかっています。つまり、文法なり辞書なりがあるのかもしれません。それを応用できれば、単純に「こっちに来るな」だけでなく、「あっちの庭の雑草を刈っておいてね」とか、「これを収穫してほしい」などの指示を出せて、共存共栄の仕組みができるのではないかと考えています。実際にマヤ文明やアステカ文明では、ハキリアリに下草を刈らせたという記録があります。昔の東南アジアの人々は、攻撃性の高いツムギアリの、葉でできたボール状の巣を畑のそばに置いて害虫を退治していました。今でこそ、街路樹に石灰を塗って害虫を防除していますが。昔の人はそのように生物を有効利用していたのですから、できないはずはありません。

 

〔『中央公論』2020年10月号より〕

村上貴弘
〔むらかみたかひろ〕1971年神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒業、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」ほかアリの生態についてのメディア出演も多い。共著に『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』など。
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