唯一無二のアーティストBTS
(前略)
BTSは昨年十一月、「LIFE GOES ON」という韓国語の曲で再びビルボード一位を獲得した。コロナでつらい状況でも「人生は続く(Life goes on)」というメッセージを込めた曲だが、言葉の障壁を越えた意味は大きく、BTSの実力を証明した形だ。権威あるグラミー賞にもノミネートされたことは、BTSというK─POPアーティストが米国音楽シーンの主流として認められた歴史的な事件でもあった。もちろんこれはK─POPの成功ではなく、BTSの成功だ。BTSはなぜ歴史を作ることができたのか? なぜ、BTSに注目するのか? それは、BTSが「唯一無二」のアーティストだからだ。
BTSは、曲、ダンス、パフォーマンス、MV、ルックスなどあらゆる面で実力を備えている(是非、YouTubeで話題の二〇二〇年Melon Music AwardでのBTSのパフォーマンス、とりわけマイケル・ジャクソンへのオマージュ「ダンスブレイク」をご覧いただきたい)。そして、あらゆる意味で従来のK─POPアイドルとは違っていた。K─POPアイドルは「完璧さ」を追求したが、世界からは「工場型アイドル(factory idol)」と揶揄されていた。一方、BTSは自分たちで曲を作り、自分たちの悩みと彷徨をありのままにさらけ出して、成長の過程をファンと共に歩んだ。いわば、「大人」の言うことを聞かず自分たちの道を選んだからこそ、BTSは世界一になれたともいえる。
BTSは、二〇一三年に、韓国の大手芸能事務所の一つJYPのプロデューサーだったパン・シヒョクが立ち上げた小さな事務所から、ヒップホップアイドルとしてデビューした。メンバー七人は全員韓国人で、海外経験もなく、ソウル出身者もいなかった(メンバーの一人、RMはソウル生まれだが京畿道育ち)。近年では、アイドルになるにも親のサポートやコネが必要なので、ソウル出身者は有利だ。また海外進出を考えて外国人や在外コリアンをメンバーに入れることが多い。
当初は「防弾少年団」という名で、「弾丸のように若者を襲う固定観念や批判、重いプレッシャーなど社会的抑圧から若者を守る」という意味が込められていた。アイドルらしからぬ漢字の名前に小難しいコンセプトは異例で、韓国では「フッスジョ(土の匙=貧乏)アイドル」と呼ばれていた。だが、この不遇さこそがBTSの成功物語の原点だった。「負け組」からのサクセス・ストーリーこそBTSの人気のエンジンとなり、今なお世界のファンに勇気を与えている。以下に、BTS人気の要因を整理してみよう。
第一に、「共感」だ。BTSは若者が悩む学校でのイジメ、暴力、受験、就職、競争、世代間葛藤など社会問題を歌った。他のアイドルの歌詞では、愛、微笑み、ハッピー、ベイビーなどの単語がよく使われるのに対して、BTSは努力、人生、階級といった重たい言葉や、NO、Wrongなど否定を意味する単語が使われる。「夢」についても、「夢なんてなくてもいいさ」と歌う。
例えば、「ダルマエナガ」という曲では、自分を足の短いダルマエナガ(スズメ目の鳥)にたとえ、足の長いコウノトリと同じ草原で競争させられている現状の理不尽さを歌うことで不公平な世の中を批判している。
格差社会、階級の固定化と世襲、不公正で不公平な競争社会、ゼロ成長時代における不安と焦燥感は、韓国のみならず全世界の人々の共通の悩みだ。社会に牙をむきながらも「一生懸命、頑張れ」ではなく、「しんどくても大丈夫だ」というBTSのメッセージにファンは慰められ涙を流すという。BTSの音楽と生き様は、新自由主義下の競争社会で呻吟する全世界の若者に共鳴を起こしている。
第二に、新しいメディアを活用したコミュニケーションだ。BTSは国内でトップになる前に海外で先に人気になった最初のケースだ。BTSは大手事務所所属でないため、TVなど既存のメディアから排除されていた。それゆえにYouTube、ツイッターなど新しいプラットフォームやソーシャル・ネットワークを活用した。自分たちの日常、練習風景、曲作りの模様もアップしていった。その結果BTSは、二〇一七年にビルボード・ミュージック・アワードでジャスティン・ビーバーを抑えてトップ・ソーシャル・アーティスト賞を受賞し、その後も一位を守り続けている。
第三に真正さ(Authenticity)と規範性だ。BTSはスターにありがちな神秘主義を否定し、自らの体験・思いを包み隠さず歌にしながら、上から目線ではないメッセージを送る。また、BTSは社会的弱者に対する包容性を重視してきた。LGBTの権利を尊重する立場、メンタル・ヘルスに対する関心、セウォル号沈没事件に関する言及など、普通のアイドルなら忌避する社会的イシューに対してメッセージを発することで、世代、職業、人種、性別にかかわりなく幅広いスペクトラムのファンダムを醸成した。
「#BTSisNotYourAverageBoyBand」というハッシュタグがある。生きる意味を見いだせず彷徨していた人などが、このハッシュタグを使って、BTSの音楽を通じて勇気づけられ克服した体験をSNS上で告白し、それが世界中に無限の連鎖を生み出す。米国のある二十一歳の白人男性は、「韓国のボーイ・バンドが好きだということで周りから白い目で見られているが、構わない、BTSを通じて自分を愛することの意味を学んだから」とつづっている。BTSが新しい男性像を提示したという見方もある。ソウル大学のホン・ソッキョン教授は、BTSが西洋で受け入れられた理由として、「白人中産階級・男性中心主義の社会が生んだ人種的位階と男性性に対するオルタナティブを提示している」とし、「化粧をして、ソフトなイメージを持ちつつも、男性性を失っておらず、従来の西洋のマッチョで強い男性像とは違う新たな男性像をみせている」と指摘した。
(後略)
〔『中央公論』2021年2月号より抜粋〕
1970年韓国ソウル生まれ。子供の頃から日韓を行き来する。一橋大学法学部卒業。同大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。2008年より現職。専門は東アジア国際関係史、日本外交史。日韓のポップカルチャーやサッカーにも詳しい。著書に『岸政権期の「アジア外交」』『「韓流」と「日流」─文化から読み解く日韓新時代』、『韓国文学を旅する60章』(共著)など。