評者:倉持佳代子
最近、SNSで大きな話題になった藤本タツキの短編「ルックバック」。数多の漫画家たちが絶賛し、中には作者の才能に打ちのめされたという声も。いつの時代もどんな業種にもこうした出会いはある。巨大な才能を前に足がすくみ、時にはその道を諦めたり、それでも進んだり......。
小学生の頃、私は4コマ漫画家になりたかった。当時の計画はこうだ。①親に頼んで進研ゼミに入会。②赤ペン先生のシールを貯めて景品の「マンガ家セット」をゲット。③道具を手にいれ、『りぼん』に投稿。④「もうひと息賞」を受賞。⑤何回かの投稿を経て、中学生でデビュー......②までは順調だった。ただ、初めて手にしたGペンやスクリーントーンは思ったように使いこなせず、投稿用に描いた作品はひどい仕上がりに。それでも計画通りだと信じていた。あの作品に出会うまでは。
1994年は、『りぼん』が255万部という少女マンガ誌史上最高発行部数を成し遂げた年だ。同年夏には『夏休みおたのしみ増刊号』が発売され、これが宝物のような一冊だった。本誌のヒット作「天使なんかじゃない」「姫ちゃんのリボン」「ねこ・ねこ・幻想曲(ファンタジア)」などの番外編のほか、豪華執筆陣の読み切りが多数掲載されていた。私は同誌を夏休み中、大切に読み進めていた。そろそろ読み終えてしまう、と悲しい気持ちでページをめくると、突如現れたのが「HIGH SCORE」である。「りぼんで最年少のまんが家さん。なんと15歳(中3)だよ!」と欄外には書いてあった。衝撃のデビュー作だった。
誰もが振り向くほど可愛いのに、性格は悪魔的に悪い女子高生・めぐみを主人公にした4コマ漫画の本作は、95年4月号から本誌連載となり、めきめきと頭角を現した。この頃の少女マンガは、圧倒的な美貌によって周りをひれ伏させるような、コンプレックスゼロの女の子が自己肯定感たっぷりに活躍する作品が多く、『りぼん』では藤井みほなの作品などと並んで、本作もその代表格と言ってよいだろう。時代の流れを汲んだ笑いで新しかったのだ。回を増すごとに絵柄も洗練され、登場人物たちの個性もより強くなり、予想の斜め上をいく新キャラクターも登場した。自分をイケメンだと思いこむちゃぶ台の姿をした守護霊・ゴンちゃん、圧倒的なモテっぷりを発揮するオヤジ女子高生・モコちゃん......。文字にすると改めて意味不明だが、とにかく、ぶっとんだ世界観が無限に広がった。
本作を読んで自信をなくした私は結局、一度も投稿せぬまま、マンガ家セットを押入れに封印した。つまり、私にとっての「ルックバック」だった。
その後、「HIGH SCORE」は一向に古びることなく、今なお連載中だ。永遠の女子高生・めぐみ達の群像劇は20巻に到達。新旧読者を笑わせる無敵の作品となっている。
小学生の私へ。私は描き続ける勇気を持てなかった。だけど、進化していくこの作品を大人になった今も読み続けることができるよ。きっとこれからも。それは幸せな未来だ。
(『中央公論』2021年10月号より)
京都国際マンガミュージアム学芸員