かつては読めないなら読めない方が悪いと突き放すのが普通だった
二一世紀になってから、第一線の研究者によるわかりやすい入門書がたくさん出るようになりました。
そういう出版状況になってから読書を始めた世代からすると、二〇世紀後半に書かれた学問的文章はあまりに不親切で、暗号文みたいで衝撃を受けるでしょう。怒りすら感じる人がいてもおかしくないと思います(ですが、昔は読者に一定以上の教養を求め、読めないなら読めない方が悪いと突き放すのは普通でした。それでも読者はついていこうとしたのです)。
たとえば、LGBTQの権利に関して決定的な仕事をしたジュディス・バトラーというアメリカの思想家がいますが、彼女の『ジェンダー・トラブル』(一九九〇)は、人間の欲望においては必ずしも異性愛が基本ではないということを独特の論法で示した本です。
『ジェンダー・トラブル』は、ジェンダー、セクシュアリティについて勉強しようと思ったら一度は通らなければならない本なのですが、本書で説明するデリダの脱構築的な考え方と、精神分析の知識が前提になっています――しかも何の断りもなくそうなんです。