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岸 由二×今尾恵介 移動用の地図と定住用の流域地図――二刀流で災害から命を守れ

岸 由二(慶應義塾大学名誉教授)×今尾恵介(地図研究家)

教育のテーマに流域がない

 流域が一般に理解されていないのは、教育の問題が大きいんですね。日本では、小中高校の授業で一切教えない。最近、小学4年生の理科で「雨水のゆくえ」というテーマの学習が始まりましたが、そこでも難しいという理由でこの言葉を使っていません。それどころか、日本を代表する国語辞典にも、国際的にまったく通用しない説明が載っていたりする。定義さえ、きちんと共有されていない状況です。


今尾 先生のご指摘どおり、流域の地図が流通していないことも問題ですよね。以前、河川工学の専門家の研究室で、流域の境界線が描かれた地図を見まして。欲しいと思ったんですけど、どこにも売っていない。


 今は普通の市街地図に、川すら描かれなくなっていますからね。


今尾 川は日常生活の中でも軽視されていますよね。汚いとか、危ないといった理由で、近づいてはいけない場所みたいになっている。祖母の実家が福井県の九頭竜川(くずりゅうがわ)のそばだったので、夏休みには毎日のように川遊びに出掛けましたが、地元の子がいない。危ないから、小中学生は川で遊んじゃいけないと言われているというんです。

 川に親しむことも大事かもしれません。私は以前、自宅の近所を流れる多摩川支流の浅川で、国土交通省の支援を受けた「水辺の楽校(がっこう)」という自然体験プロジェクトの役員をしていたことがあります。手づくりカヌーで川を下るとか、さまざまなイベントをやっていて、一度、多摩川河口に行きました。そのとき、干潟にカニが無数にいるのに感激して。ああいう景色を、もっと子供たちに見せてあげたいと思ったんです。


 あの光景はすごいですよね。そのプロジェクトには私も関わっていましたが、国交省は本当はあれを源流から河口までつなぐ「流域水辺の楽校」にしたかったんです。けれども地域間の連携がうまく取れなかった。川はつながっていても、自治体がつながっていないという問題があります。

 おっしゃるように、誰だっていきなり流域から知るわけではありません。川で遊びながら河口から源流にまで親しみ、次に流域の仕組みを知っていく。そういうホップ・ステップ・ジャンプが必要だと思います。

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