――本書執筆の経緯をうかがえますか。
2017年9月から18年6月まで、私はハーバード大学客員教授として学部と大学院で教えました。第1期トランプ政権の1年目から2年目にかけての時期で、滞在記は帰国後に『トランプのアメリカに住む』として発表しました。この本は「暴君の支配するアメリカ」を歴史現象として理解しようとしたものです。その暴君が、まさか再選されてしまうとは! トランプ個人も大問題ですが、彼を生んだアメリカ全体が、深い病を抱えています。それどころか、この病はアメリカ建国にまで遡れる根本的なものなのではないか。トランプは逸脱ではなく、アメリカのある本質を体現している。そう私は考えるようになり、日米関係200年史を反転させてみたのが本書です。
――内容はハーバード滞在のときの講義がベースになっていますね。
1853年のペリーの黒船来航に始まる日米関係史を「日本の中のアメリカ」という視点からたどっています。日本人の社会学者である私がアメリカの大学で、日本のことを学びたい学生に「日本の中のアメリカ」について英語で講義する─演劇で言えば劇中劇のような複雑な構造ですね。日本人が他者としてのアメリカとどう出会ってきたのか、逆に拡張する文明としてのアメリカが日本をいかに捕捉してきたのかが浮かびあがってきます。
いまペリーの名前を挙げました。日本では「黒船来航」と言いますが、アメリカから見ればペリー提督の「遠征」です。その背景にはアメリカの帝国主義があります。西部開拓、つまりアメリカ先住民の大地の植民地化は1840年代末までにほぼ達成され、それ以降は太平洋に出て行くことになります。そこでカギになるのは「マニフェスト・デスティニー(明白な運命)」という言葉です。古代地中海世界からイギリスへ、アメリカ東海岸へ、さらに西へと文明の中心が移動していく運命的な過程を神が定めた、それを担うのは神に選ばれた私たちだ、という西欧中心主義的な文明観です。先住民の殺戮や、ハワイやフィリピンの植民地化を正当化する言説として、19世紀のアメリカでさかんに語られました。
実は今年1月20日、トランプが就任演説で使ったのがこの「マニフェスト・デスティニー」の言葉でした。そして、米西戦争などの帝国主義政策を推進し、高関税を課す保護貿易主義をとったマッキンリー大統領(在任1897〜1901年)を手本に挙げていたのです。つまり、トランプは19世紀の帝国主義者そのものです。
――歴史をたどり、日本についても見えてきたものはありましたか。
日本は世界の中でも稀に見る親米的な国です。イラク戦争で世界的に反米意識が高まった中でも揺るがず、過去50年以上にわたって7割以上がアメリカに「親しみを感じる」と回答しています。それは一体なぜなのか。
根底には、近代日本がアジアの帝国主義国家だったことがあります。戦後も、自分たちはアメリカに一番近いと意識しつづけることで、アジアを蔑視することができた。つまり親米とアジア蔑視はコインの両面なのです。東京ディズニーランドには、蒸気船など西部開拓時代をテーマにしたエリアがあります。日本人もアメリカ人に同一化して楽しんでいるわけですが、歴史的な文脈から言えば、日本はアメリカに「まなざされる」側だったのに「まなざす」側へと仮想的に転換している。けれども、日本側がアメリカを「まなざす」ことは結局できないままで、そこには非対称性があります。
――日本は同化したアメリカから離れることはできないのでしょうか。
近代日本は、アメリカの分身のような形で主体性を立ち上げてきました。ですからそこから離れるためには、成長主義やナショナリズムなども含め、日本の近代化のあり方を問い返す作業が必要です。幕末維新期に始まる150年の歴史、そして戦後の歴史を相対化することではじめて、その先の道が見えてくる。日米関係の異なるとらえ方も可能になってくると思います。
(『中央公論』2025年4月号より)
國學院大学教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、文化研究、メディア研究。東京大学名誉教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』『博覧会の政治学』『親米と反米』『トランプのアメリカに住む』など。