「落語とは、俺である」
吉笑 志の輔師匠は談志師匠に弟子入りしたからこそ、いまの自分があると思いますか。
志の輔 それは間違いないよね。
師匠は生涯かけて、落語とは何かってことを頭かきむしりながら考え続けていたし、会うたんびに俺にそれをぶつけてきた。立川談志ほど「俺が落語になるんだ」と、落語と自分の一体化を目指した落語家はいないと思う。師匠の没後に出た最後の本がまさに『落語とは、俺である。』(竹書房)。このタイトルが見事に談志の人生を表している気がする。「教わったものをただやってるだけじゃ、落語はダメになっちまう」。その一念で、自分の人生をデッサンしていた。デッサンするにもほどがあるくらい怠けることもせず、恐れることもなく、国会議員になったり、ときには右翼と付き合ってみたり。
「俺が座ればどこでも神殿になるんだ!」ともよく言っていたなあ。毎回、今日のこの会場とこの客をどうするかを考えに考えて、第一声を発していたんだろうなと。おそらく緊張というものの恐ろしさを一番知っていて、一方でそれを楽しみに変えていける天才だったんでしょうね。本当に最後の最後まで落語と人生を一致させた人だった。
吉笑 そういう談志師匠の弟子でよかったと?
志の輔 というより談志でなかったら続けられなかったかもしれない。
師匠は見抜いていたんだろうね。志の輔は「実験第1号だ」って言われたら、律儀にいろんな実験するやつだと。実際、世に出ること、耳に触れることならすべて断らずにがむしゃらにやってきた。
そんな俺からすると、吉笑は自分の感性でつくった新作でNHK新人落語大賞という素晴らしい賞を獲って、落語界に名前をどんと響かせた。『ぷるぷる』という斬新な新作落語で受賞したことも、立川流にとって大きな意味があったと思う。その順当なステップアップぶりはうらやましいというか、憧れるなあ。
ほんと、いまさらだけど、おめでとう!
吉笑 ありがとうございます。
志の輔 それにいまの若い世代は全国で落語がやれるようになったから、本当に幸せだよね。
吉笑 志の輔師匠が全国、いろいろな会場を開拓されたおかげです。
志の輔 寄席に出られなくなったことで、まず落語をやるための空間を探すところから俺の落語家人生は始まったからね。
俺自身新しい空間が好きってこともあってか、いまじゃこけら落とし公演に呼んでいただけることが多くなって、日本全国、津々浦々、いったい何枚、こけらを落としたことか。(笑)
吉笑 志の輔師匠にとって新しい空間のよさって何なんでしょうか?
志の輔 新しい空間の神様が、落語を認めてくれるかどうかの勝負をしているような楽しさもあるけど、まっさらな空間で落語をやれる喜び、あれは何ものにも代えがたいんですよ。
落語会は誰かしらゲストに出てもらうのが普通だけど、俺は音響や照明、舞台監督といったスタッフ、それも一流の人にお願いして空間づくりに力を入れていたね。
だって、落語はお客さんが長時間いても、聴き疲れしない、集中しやすい空間にしてあげることが大事じゃない。全国を回る中で、つくづく落語は空間のものだなと。
吉笑 確かにそうですね。
志の輔 それで独自の落語会のスタイルを試行錯誤していったんだけど、俺の空間遍歴の話をいまここで始めたら何十時間あっても足りない。泊まり込みになっちゃう。吉笑だって対談場所のこの蕎麦屋に泊まるの、嫌だろう?(笑)
(中略)