なぜトランプ支持率は下がらない?
─党派化する選挙
米国大統領選に向けた攻防が佳境に入った。新型コロナ感染症拡大阻止の失敗、長引く経済不況。ドナルド・トランプ再選には黄信号が灯っていると言われてきた。しかし、民主党・共和党全国大会が終了し、九月に入った今、全国の世論調査の支持率で常に一〇ポイント以上のリードを保ってきた民主党のジョー・バイデン候補と、共和党のトランプの差は七ポイント程度となり、勝敗の鍵を握る激戦州だとさらに差が詰まっている。
トランプの追い上げが、その経済政策や感染症対策における実績への信任から生じているものとは考えにくい。例えばこの数ヵ月間、トランプは効果的な感染症対策を犠牲にしてまで、選挙にむけた支持者へのアピールを優先させてきた。感染防止のためのマスク着用に関しては、「個人の自由への政府介入」と反発する保守的な支持層に配慮し、重要性を軽視する発言を繰り返した。
八月には、新型コロナウイルス対策顧問にスコット・アトラス医師を登用した。彼は保守系TV番組FOXニュースに出演し、新型コロナについて「メディアは騒ぎ過ぎだ」と批判してきた人物で、集団免疫の提唱者でもある。集団免疫は、若者や健康な人に自由に活動させ、経済活動の規制による経済の落ち込みを抑えながら、免疫を持つ人を増やすことを狙うものだが、成立までに多数の犠牲者を出す恐れがあるとして専門家から懸念の声があがっている方法だ。アトラス医師の登用には、経済再開を急ぎ、てっとり早くそれを裏付ける「科学的根拠」を取りつけようとするトランプの思惑が見え隠れする。
二〇二〇年九月の時点で、米国は、新型コロナの感染者数・死者数ともに世界最大の被害を出しており、四~六月期の実質成長率も戦後最大のマイナス三二・九%に沈む。こうした数値を考えると、現職大統領トランプへの支持率は高過ぎるようにも思える。強固なトランプ支持者の存在をどう理解すべきか。
昨今、政治学者たちは投票がますます「党派」に左右される現状を指摘している。かつては、大統領選の行方を左右する要因の中でも、投開票日までの経済情勢こそが有権者の選択に大きく影響するとされてきた。しかし昨今の政治学は、このテーゼに疑問を投げかける。共和・民主両党のイデオロギー的な分断が進んだ結果、有権者は経済情勢などあらゆる事象を党派のレンズを通じて理解するようになり、その支持は、経済情勢や大統領のパフォーマンスに影響されなくなっているというのだ。
確かにコロナ禍のあおりを受けた経済不況下でも、トランプの支持率は共和党員では高いままだった。ピュー・リサーチ・センターが七月末~八月に行った世論調査によると、トランプのコロナ対応を、民主党支持者の六%しか評価しなかったのに対し、共和党支持者は七三%が評価していた。そもそも六割以上の共和党支持者が、米国で感染者数が増えているのは、検査数が増加しているからにすぎないと考えており、民主党支持者に比べてはるかに感染状況を楽観視している。これらの数字は、大統領のコロナ対策への評価や、さらにはコロナ危機の深刻さをどう考えるかも、支持政党によってまったく異なってくることを表している。
バイデン陣営は、トランプのコロナ対策のアンチテーゼたることを意識して、科学に基づくコロナ対策を掲げており、多くの科学者もその姿勢への賛同を表明している。しかし、科学が党派を打ち破れるとは限らない。有権者が、党派のレンズ越しに現大統領の業績を判断する以上は、今後さらにコロナの感染が拡大し、経済が低迷したとしても、有権者がその原因を非科学的なトランプのコロナ対策に求めるとは限らず、その分トランプの再選が危うくなるとは一概にいえない。
〔『中央公論』2020年11月号より一部抜粋〕
1981年東京都生まれ。2003年東京大学教養学部卒業、同大学大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、関西外国語大学助教等を経て現職。著書に『戦争違法化運動の時代』、共訳・解説『リベラリズム─失われた歴史と現在』など。