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三正面作戦を強いられる日本、中ロの接近を阻め

鈴木美勝(時事通信解説委員)

覇権国ソ連との対峙や、いまだ軌道に乗らぬ改革開放政策など自身の脆弱性、国内事情を熟慮した小平が唱えた尖閣問題棚上げ論。それは冷戦終結後、右肩上がりの経済成長が中国共産党の"使命"となり、海洋資源の確保が必然的要請となった時に、事実上、空洞化した。二〇一〇年九月の中国漁船不法侵入事件に、北京指導部がどの程度関わっているのか真相は定かではないが、今日の事態を招く引き金となったことは間違いない。

 では、中ロ連動の起点はどこなのか。

 二〇一〇年九月二十七日、メドベージェフ大統領は中国の胡錦濤国家主席との間で
「中ロパートナーシップ及び戦略的協力関係の全面的深化に関する共同声明」を採択した。その中に次のような一項目がある。

 双方は「両国の根本的利益に関わる国家主権、統一性、領土一体性の問題」を支持し合う。ロシア側は「台湾、チベット及び新疆ウイグル自治区の問題」で中国側の原則的立場を支持。中国側は「ロシア側の根本的利益の擁護(略)......の努力に対する支持」を確認。双方は「第二次世界大戦の結果の見直しを許さず、その歴史の捏造(略)という企みに対抗する」。

 この共同声明のキーワードは「根本的利益」と「歴史の捏造」だが、中国語テキストでは「『根本的利益』が『核心的利益』となり、『領土一体性』及び『新疆ウイグル自治区』の後に『等』の文字が入っている」(関係筋)。このため中国の「核心的利益」の中には「南シナ海や東シナ海が含まれている可能性は十分ある」(政府情報筋)。
「核心的利益」とは何か。中国共産党にとって武力行使を含めあらゆる手段を排除せずに絶対に守る利益と言われ、北京五輪後、国際社会での中国の横暴な振る舞いや物議を醸した外交などが注目された。こうした状況の中で、八〇年代に小平が打ち出した
「韜光養晦、有所作為(謙虚さと慎重さを維持し、先頭に立たず旗を掲げず、拡張せず覇権を唱えない)」の方針を変更したのではないかとの懸念が広まった。

 このため、二〇一〇年十二月、中国外交を統括する戴秉国・国務委員は論文の中で「核心的利益」を、1、中国の国体、政治体制、政治の安定、即ち共産党による指導、社会主義制度、中国の特色ある社会主義、2、中国の主権の安全、領土保全、国家統一、3、中国の経済社会の持続可能な発展──と定義、中国の発展は平和的な国際環境なしには達成できず、これまで同様、平和発展の道を歩むとの立場を強調したのだ。

 米政府高官に対して「南シナ海=核心的利益説」を以前述べたことがある戴秉国は論文発表後、「核心的利益」に南シナ海や東シナ海は含まれないとする公式見解を打ち出した。しかし、この約二年間の中国の海洋膨張活動や中国軍関係者の言動を見れば、これは額面通りには受け取れない。現に軍関係者の間では東シナ海も含めて「核心的利益」との説も囁かれたりしている。この点は「将来、手を縛らないようにするための曖昧戦略の一環だろう」(外務省幹部)との見方は消えない。

 こうした一連の経過を踏まえれば、現在、日本政府が「北」「西」「南」三正面で対応を強いられている「尖閣・竹島・北方四島」の連鎖紛争の起点は、「核心的利益」の相互支持と「歴史の捏造」を許さず──で合意した中ロ共同声明にあったと見ることができる。

■■中国の戦略的時間軸

 メドベージェフ大統領(現在は首相)は、二〇一〇年十一月一日、ロシア元首として初めて北方領土に足を踏み入れた。これは、前年に誕生した鳩山政権が沖縄・米軍普天間基地問題をめぐって迷走した体たらくを凝視していた上での行動であろう。国益を少しでも拡張しようとする弱肉強食の国際政治のパワーゲームに、容赦はない。

 独裁的リーダーシップないし独裁色の強い政治的岩盤を有した政体を通じて国家を統治するロシアと中国の戦略的時間軸は、非常に長い。「クリル開発計画」に象徴されるように、二十一世紀に入って加速化したシベリア開発の一環としての「北方領土のロシア化」。それとは別途、国際世論に訴えかけ、外交的心理作戦の一環として進めて来たのが、一九九三年、チェルノムイルジン首相(当時)の北方領土訪問以来、積み上げてきた実効支配を強める工作の一環だった。大統領及び首相として二回にわたるメドベージェフの国後島訪問はその頂点を意味するものだった。

 他方、国益拡張の基本方針の下に展開される中国の戦略的時間軸はさらに長くなる。三十年、四十年は当たり前で、中国の安保外交上の政策展開を追っていくと、時には半世紀、一世紀も視野に置いているように思われるものも少なくない。

「核心的利益」を確保するために不可欠な資源確保に向けて海軍の外洋化を進める中国は、当面は南シナ海、やがては東シナ海を戦略展開の軸に据えるだろう。「昨日の南シナ海は明日の東シナ海」──。中国は、二〇一〇年の中ロ共同声明を踏まえて、世論戦、心理戦で日本に揺さぶりをかけている。

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