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現場を無視した国会の議論

神本光伸(元ルワンダ難民救援隊長)×勝股秀通(読売新聞調査研究本部主任研究員)

個別的自衛権の拡大解釈は問題

勝股 集団的自衛権についてですが、神本さんは今、議論が進んでいる背景をどう見ていますか。

神本 米軍のプレゼンスが弱体化し、中国が相対的に強くなったということでしょう。中国は国力に応じて国境は変わりうるという考えを打ち出し、フィリピン、ベトナム、尖閣諸島などの領海侵犯を公然とやっている。日本としては座視しているわけにはいかないというのが現状ですね。

 集団的自衛権の議論の中で、自衛隊が地球の裏側まで行くことになるのはおかしいという意見がありますが、それはそうだと思います。憲法が想定しているのはあくまで我が国の防衛でしょう。日本の国益は距離に関係なく、地球の裏側にも存在します。でもそれは、国家の死活的な問題とは限りません。極端な例になりますが、私が指揮した自衛隊の派遣部隊の隊員がアフリカで殺されたら、国民は驚くでしょうが、それで国家がつぶれることはありません。国家として見れば死活的な問題ではないんです。でも尖閣諸島を取られたら、その後の侵略を誘発することになる。これは死活的な問題なんです。そこを議論すれば、集団的自衛権のあり方もおのずと結論は出ると思うんです。

勝股 集団的自衛権を発動する対象はできるだけ限定した方がいいという考えですね。

神本 軍事的な視点に立って考えれば、同盟関係のある国との関係で、どういう発動条件にするかという議論に整理されると思います。できるだけ事態別にせずに、発動する条件を限定して明確にするのがいいと思いますね。
勝股 集団的自衛権の議論では、想定される事態は個別的自衛権や警察権で対応できるという意見も出ています。

神本 個別的自衛権というのはあくまで自分の国を自分の力で守ることだと思います。素直に考えれば、他国と一緒にやることを個別的自衛権で拡大解釈する方がむしろ問題でしょう。同盟関係にある米国を後方支援すること自体は集団的自衛権の範疇だと思います。戦争に前方も後方もないという言い方をする人もいます。我々が個別的自衛権で後方支援までは許されるといっても、本当に個別的自衛権の範疇といえるのでしょうか。自分の部隊の後方支援なら分かるが、他国の部隊の後方支援は、もう集団的自衛権に入りますよね。個別的自衛権を拡大解釈しても説明には無理があると思います。

勝股 これまでは政府はそれを「無理じゃない」と説明してきたんですよね。

神本 無理を通してきたから論理矛盾が起きている。

勝股 個別的自衛権で対応できるという意見の背景には、例えば朝鮮半島有事という周辺事態なら、そう時間を置かずに日本の有事が起こるという考えがあるようです。ミサイルを米国に撃つときには在日米軍基地にも撃つだろうと。すると個別的自衛権になり、どこに向かうミサイルでも撃ち落とせるだろうと。でも、そこはタイムラグがあって、すぐに日本有事に発展しない事態が出てくる。そういう状況になれば、この考えは破綻しますね。

神本 例えばテポドンがアメリカに飛んでいく。アメリカにとっては有事です。本来同盟関係にある軍隊であれば、アメリカが攻撃されたらある条件のもとで参戦しますという条約を結んでいるわけです。そうであれば途中で撃ち落とすのに協力することは集団的自衛権でとらえられるけれど、個別的自衛権で撃ち落とすのは説明が難しい。

勝股 自衛官として集団的自衛権の必要性は感じていましたか。

神本 日米同盟には片務性があるので現役時代は肩身が狭かったですね。特に海上自衛隊はそうでしょう。いつも米軍の後をついて歩く存在になってしまいますからね。彼らは一緒に訓練をやっていると、自衛隊の練度は高いと分かるんですよ。ですが、権限がないから、一緒に動くときにはあてにならない集団になってしまうんです。ルワンダ難民救援隊は、ザイール軍と三ヵ月の間、警備的に協力関係にありました。帰国前には彼らはずいぶん規律を回復して立派な軍隊になりましたが、私は最後までザイール軍を信用できませんでした。立場を変えれば米軍も同じで、自衛隊をそれほど信用していないんじゃないかと思います。だからこそ、いざというときに助け合える関係がなければ日米同盟は機能しないと思うのです。数年前から危機の足音が聞こえるようになりました。危機が来てからでは遅いのです。そういう意味で集団的自衛権を使えるようにするのは大事なのです。一刻も早く現実的、現場的な視点に立って、我が国の防衛に必要な法体系を整備してほしいです。
(了)

〔『中央公論』20146月号より〕

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