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中国の「秘密結社」とは何か? 岡本隆司×安田峰俊

岡本隆司(京都府立大学教授)×安田峰俊(ルポライター)

香港デモと「三合会」の衝突

岡本 二〇一九年から始まった香港デモの際にも「三合会」という秘密結社が、デモ隊を妨害したと報道されました。

安田 「香港デモと三合会」というと、何か陰謀が蠢いているかのような印象を受けますが、香港における「三合会」とは、日本語の「暴力団」と同様の一般名詞で、特定の集団を指す固有名詞ではありません。ガラが悪くて、なんらかの利権を持っていたりする、あまり関わりあいたくない人たちの結社の総称とみたほうがいいでしょう。

岡本 三合会の名称は清代からあって、洪門の一派とされる「天地会」とほとんど同義的に用いられた秘密結社です。それが連綿と続いているというよりは、当局側が、非合法な組織を、「あいつらは暴力団だ」といった感じで、「三合会だ」と言って使い、今も名前が残っているんでしょう。

安田 二〇一九年七月に郊外の元朗駅で香港デモ隊を襲撃した白シャツ姿の集団は、正にそういう意味では「三合会」ですが、特定のどこかの組織かと言われると違います。その「三合会」が二〇一九年七月二十一日に香港のデモ隊を襲います。彼らの多くは元朗で暮らす新界原居民と呼ばれる人たちです。新界は香港の主要部がイギリスの植民地になった後、十九世紀末になって租借地として香港植民地に組み込まれた広大な後背地なので、実はこの地域の農村は社会主義革命どころか辛亥革命すら経験していない。地球上で最も、清代の広東省の農村の雰囲気が残っている場所なのです。この新界に、植民地化以前から住んでいた人の子孫が新界原居民です。かつて租借地に組み込まれた際も、新界では有力な宗族(漢民族の父系血縁集団)の鄧氏をはじめ住民が徹底した抵抗を示し、その結果、植民地政府(香港政庁)も干渉を最低限にとどめるようになりました。その結果、宗族のシステムをはじめ独自の社会のありかたや風習が残されたまま、現代に至っています。

岡本 香港の新界原居民は、自分は「中国人」だと当然思っているのでしょう。仰るように、共産化も辛亥革命すら経験していませんから、かつての中国の姿がそこにあると言えないこともない。

安田 はい、そうした清代からの一族が新界には残っている。そんな彼らから見れば、香港デモというのは、「香港人」としてのアイデンティティを前面に打ち出している運動ですから、好感の持ちようがない。デモ隊の人たちが自分たちの住処のすぐ近くまで入ってくると、入ってくるよそ者は排除しなければならないとなってしまう。デモ隊襲撃の数日前からネットには、「入ってくる奴は、追っ払う」という、村人名義での警告文が上がっていました。香港デモは、警察とデモ隊との戦いだけではなく、民主化デモを行うような都市市民と、前近代的なバックグラウンドを持つ人たちの対立という構図もあった。後者にはもちろん、秘密結社も含まれます。

岡本 歴史研究をしている身としては、中国はいつまで経っても中国だなと思いました(笑)。原居民の人たちは今どのくらいいるのですか?

安田 香港の人口全体から見れば一〇%程度ですが、地域を限定すると、隠然たる勢力を持っています。まず大地主ですし、その地主としての特権的な立場を香港政府からも公式に認められています。文化保護などの理由もあるのですが、例えば新界の原居民の男性には、一生一回、家を建てられるという既得権益が認められている。一般の香港市民からすると、世界で一番不動産価格が高い街で、なかなか家も買えないなか、原居民はズルいように見えてしまう。一方でマジョリティである香港市民は、元々はみんな移住者です。新界の原居民にしてみると、「光復香港(香港を取り戻せ)」どころか、イギリスが来る前から我々はここに住んでいたという自負が強いので、新しく来た人間が何を言っているのかという意識になる。香港デモに参加するような現代的な人々と、前近代、それも清代の意識を脈々と継いでいる人とは、根本的に肌感覚として相容れず、その矛盾がデモ隊との衝突の背景にもあったと思います。

岡本 現代中国、しかも香港という特殊な場所ではあるけれど、原住民と移住民、旧世代と新世代の衝突は、中国のある時期以降のどの時代、どの地域においても、おおむね通用する話です。歴史上、「会党」というのは、南方地域で目立つ現象だと言われています。それはなぜかというと、要するに移住民が一番遅れて進出したところだからです。その結果、未だ移住民と原住民の対立が表れているという話で、大昔は中国中にそうした争いがあったのだと思います。当然、都市と農村の対立も昔からあり、歴史学では「城郷関係」と呼んでいます。それは、中国の社会の成りたち方そのものから出てきている現象です。我々はその論理の理解を飛ばして、「三合会」や秘密結社という表層的なレッテルに目が行ってしまう。自分の社会の常識でしか見ないので、おどろおどろしく捉えてしまう。他の社会や歴史、文化を検討するときには、自分がいる社会のフレーム、バイアスがあることを意識した方がいいですね。香港デモの報道を通してそれを感じました。

安田 現代的、欧米的価値観に立っているデモ隊の若者たちの中華圏の前近代的な存在(例えば原居民)へのまなざしは、ある意味で日本や他の西側社会からのそれに近いのです。香港は多層的な社会なので、こうした認識のギャップは従来も存在したのですが、デモに伴う社会分断がその差異と断絶を決定的にしたと感じます。

岡本 歴史学で検証する史料は、官憲、要は知識人エリートが書いてきたものです。エリートの目から見たら、自分たちの集団と異なる変な人たちは秘密結社だということになる。その意味ではきっと、今の我々と似たような感覚で書いたのだろうと思います。自分たちが理解できない事象を偏った見方で決めつける。そのようにして書かれたものが史料にもある。例えば歴史上、「反乱」と言いますけれど、それは王朝に与した見方です。そうした偏った見方は、歴史から始まって今のジャーナリズムに至るまでずっと続いています。陰謀論というのは、偏った見方の最たるものですから、我々自身の目をもう一度問い直さないといけません。
 一方で、西側の価値観を持つ人たちの結集の仕方も、同様に秘密結社的だということも、忘れてはなりません。価値観を共有していれば、仲間内では結束が高まるけれど、そうでない相手は排除する。自分たちが正しいという感覚が強く、外に対しては攻撃的です。基本的に人がつくる集団の構造というのは、古今東西、大差ないのです。

構成◎小山晃

(『中央公論』2021年5月号より一部抜粋)

現代中国の秘密結社

安田峰俊

天安門事件、新型コロナ流行、香港デモ、薄熙来事件、アリババ台頭、孔子学院、千人計画――。激動する国家にうごめく「秘密結社」を知らないで、どうやって現代中国がわかるのか?清朝に起源を持ちいまなお各国に存在するチャイニーズ・フリーメーソン「洪門」、中国共産党の対外工作を担う「中国致公党」、カルト認定され最大の反共組織と化す「法輪功」。大宅壮一ノンフィクション賞作家が、「中国の壊し方」と「天下の取り方」に迫り、かれらの奇怪な興亡史を鮮やかに描き出す。

岡本隆司(京都府立大学教授)×安田峰俊(ルポライター)
◆岡本隆司〔おかもとたかし〕
1965年京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。『近代中国と海関』(大平正芳記念賞)、『属国と自主のあいだ』(サントリー学芸賞)、『中国の誕生』(アジア・太平洋賞特別賞、樫山純三賞)、『中国の論理』『東アジアの論理』『「中国」の形成』など著書多数。

◆安田峰俊〔やすだみねとし〕
1982年滋賀県生まれ。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員も務める。『八九六四』(城山三郎賞、大宅壮一ノンフィクション賞)『さいはての中国』『「低度」外国人材』など著書多数。本誌連載に加筆した『現代中国の秘密結社』を今年2月に刊行。
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