政治・経済
国際
社会
科学
歴史
文化
ライフ
連載
中公新書
新書ラクレ
新書大賞

小山 堅×渡部恒雄 ウクライナ侵攻による世界規模のエネルギー危機。勝者、敗者は誰?

小山 堅(日本エネルギー経済研究所首席研究員)×渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員)

供給者・ロシアの誤算

渡部 そういう意味で、短期的な主導権を握っているのはロシアです。ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った理由の一つは、欧米からの経済制裁にある程度耐えられるという計算があったから。

 2014年のクリミア併合時にも制裁が行われましたが、ロシア経済・社会への影響は軽微でした。また、以前とは違って先進国経済が相対的に縮み、いわゆる「グローバル・サウス」と呼ばれるような国や地域(アフリカ、中南米、東南アジア、南アジアなど)が先進国の影響を受けずにロシアや中国と取引をしています。だからロシアは孤立しないという読みがあったのでしょう。

 しかし、現在の状況は、長期的に見ればロシアにとって明らかにマイナスです。上客を逃したというか、もう誰もロシアを安定的な供給者とは見なさないでしょう。また、ロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」などに顕著ですが、ロシアは技術開発についてはずっと米国や英国などに頼ってきました。それが途絶えるとすれば、立ち遅れは必至です。ワシントンで複数の安全保障戦略の専門家と話しても、戦争の行方自体は不透明ながら、ロシアが戦略的に失敗したという見方では一致していますね。


小山 先日、ロシアのエネルギー専門家と話す機会があったのですが、想像していた以上に、彼らは世界の分断を覚悟していました。今後、西側にエネルギーを売ったり、西側から技術や投資を受け入れたりするのはもう無理だから、代替となる売り先や投資の出し手、開発に参加する企業を探すのだと。見つかるかどうかは相当に疑問ですが。

 例えば、ロシアはシェールオイルの埋蔵量が莫大なのですが、現時点では欧米の技術がなければそれも採掘できません。また、現在注目を集めている、化石燃料からCO2フリーの水素やアンモニアを精製する技術の分野で、ロシアは、サウジアラビア、米国とともに競争力を持つ可能性がありました。しかし、残念ながらもうロシアは脱落するでしょう。


渡部 そのあたりは、戦争の長期的な行方を見る上でも重要だと思います。私は侵攻直前にロシアの安全保障の専門家と話す機会があったのですが、誰も本当に侵攻するとは考えていなかった。つまり、エネルギーも安全保障も、長期的な計画がすべて狂ってしまった。これはロシアにとって相当な痛手だと思いますね。


小山 それがわかっているがゆえに、今のロシアはエネルギーを武器に欧州に揺さぶりをかけているように見えます。石油とガスの供給を止め、市民生活を混乱させて厭戦気分を高めようと。だとすれば、短期的には今冬が勝負の時期ですね。欧州諸国がエネルギー需要の高まる冬を乗り切れるか。一つのポイントは、日米欧の協調を維持しゼロサムゲームの争奪戦を回避できるかだと思います。


渡部 最前線のウクライナは抵抗姿勢に一切ブレはありませんが、後方にいるフランスやドイツはグラグラしていますね。逆に今冬さえ乗り切れば、ロシアが苦しくなるとも言える。米国は、バイデン政権が中間選挙で深刻なレームダック(死に体)に陥らない限り、何か手を打ってくるでしょう。

1  2  3