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福島原発とともにメルトダウンした菅政権

長谷川幸洋(東京新聞論説副主幹)

この癒着構造をどうするのか

 政府は国民にとって、どんな存在なのか。政治の使命とはなにか。人々は従来にも増して、政府や政治の根源的役割を厳しく問い始めた。私たちの命と暮らしが脅かされているときに、政治家はなにをしているのか、と疑問に思っている。

 人々は直観的に「政官業学報ペンタゴン」が事故の遠因と理解し、もたれ合い構造こそが被災者置き去りの政治を招いていると感じている。政治の現状に大きな不信感を抱いているのだ。一連の大災害と政府の対応を目の当たりにして、政治意識に本質的なパラダイムシフトが起きている。そう思えてならない。そういう視点で永田町と霞が関を眺めると、残念ながら、権力闘争に明け暮れる永田町と既得権益維持に汲々としている霞が関の現状は、多くの国民の気持ちとかけ離れていると言わざるをえない。

 政治には国民の命と暮らしを守る絶対的な使命がある。そのうえで政治家は国の大きな枠組みを考え、より良い方向につくり替えていく役割がある。国会議員が「予算を通し法律をつくる」とは、そういう仕事だ。官僚は制度の選択肢を示し、決まった後は着実に実行していく。民間業界は自由な活動と技術革新で生産性を高めていく。学者は真理の追究と産業への応用研究、そしてメディアは公正な報道と自由な論評である。

 政官業学報は互いに独立し緊張感を保ちながら、それぞれの職責を果たしてきただろうか。小泉純一郎政権で「政官業トライアングルの打破」が叫ばれて以来、ゼネコンや銀行業界では淘汰が進んだ。しかし電力業界は地域独占体制が温存され、旧体制の「最後の楽園」と化していた。

 原発事故はそうした癒着の構造をどうするのか、国民に問いかけている。「脱官僚」や「政治主導」というだけでは足りない。電力はあらゆる民間活動の源である。国民から不信を買った電力業界をどう再設計し、どう民間部門の活力を解き放つか。学会とメディアはどう自立するか。

 水面下の握り合いではなく、公開の議論が必要だ。「みんなでがんばろう」だけではなく、緊張と相互批判こそ歓迎すべきである。国民に深く広がった不信のサイクルを解きほぐし、政官業学報がそれぞれの立場で建設的な議論を始めなければならない。それが大震災と原発事故の真の教訓である。

 政権への失望感が広がる中、野党は内閣不信任案提出によって菅を退陣寸前にまで追い込みながら、最後の局面で逃げ切られた。だが、いずれ衆院解散・総選挙は必ずある。国家権力を行使する「政と官」が国民の不信に真正面から答えられないなら、そのときこそ本当の危機が来るに違いない。菅政権に新しい時代を切り開いていく力が残っているだろうか。残念ながら、もはや期待できない。(文中敬称略)

(了)

〔『中央公論』2011年7月号より〕

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