「膨大な借金の山、長引くデフレ、いずれも自民党政権からの負の遺産だ」
野田首相が自民党を名指しで批判すれば、自民党の安倍総裁も、「自民党政権時代には、北方四島や竹島にロシア、韓国の首脳が上陸するなんてなかった。民主党の外交敗北に尽きる」とやり返す。十二月十六日の衆院選投票に向けた民主、自民両党党首の非難の応酬はエスカレートする一方だ。
首相には、自民党批判に躍起にならざるをえない事情がある。衆院選で「一〇〇議席」を切ることもあり得る、との党の情勢調査の結果がもたらされていたのだ。二〇〇五年、自民党が大勝、民主党が惨敗した郵政選挙の時でも菅前首相らは小選挙区を勝ち抜いたが、そうした有力者ですら、今回は危ういことを示す数字だった。
首相は常々「民主党には有為な人材がたくさんいる。なんとか一人でも救いたい」と周囲に漏らしていた。追い込まれて解散させられるのだけは避けたい――窮余の策として決断したのが、自民党の不意をつく党首討論というタイミングでの解散表明だった。
それでも、"サプライズ効果"は限定的だった。衆院解散直後に行った世論調査では、衆院比例選の投票先として民主党を挙げたのはわずか一三%(読売新聞全国世論調査)。自民党の半分だった。首相は、獲得議席の目標について、政権維持の前提となる「単独過半数」ではなく、「比較第一党」とハードルを下げた。
日本の政界は、〇三年に民主党と自由党が合併して以降、自民、民主の両党が競う二大政党制の構図が定着してきた。民主党は、国政選挙で勝っても負けても、政局を左右する存在であり続けてきた。だが、今回の衆院選では、その座を失いかねない危機に瀕している。日本維新の会をはじめとする「第三極」が躍進し、二大政党制の構図が崩れる可能性があるからだ。
その意味で、今度の選挙で苦悩するのは民主党だけではない。政権奪還が視野に入ってきた安倍氏にとっても、選挙後の展望ははっきり描けていない。自民、公明両党で過半数を確保できない場合はもちろん、過半数を獲得した場合でも、参院ではなお自公だけでは少数与党であるため、他の勢力と連携しないといけなくなる。
連携相手の筆頭候補は、民主党だ。社会保障・税一体改革を成就させたパートナーである民主党との連携を求める声は、当の民主党内だけでなく、自民党内でも石破幹事長らが唱えている。ただ、安倍氏自身は、これまで厳しい民主党批判を繰り返してきたため、連携の道筋はそう簡単ではない。
一方、第三極の台風の目である橋下徹大阪市長が代表代行を務める維新の会は「保守」色が強く、安倍氏にとっては、民主党ほどの距離はない。ただ、維新の会が参院で持つ議席はわずか。参院でのねじれ状況を乗り切る強力な処方箋ではない。一三年四月に任期切れとなる日銀総裁の人事をはじめ、国会の同意が必要な案件などは、再び"政争の具"になりかねない。
参院で一定の力を持つ「国民の生活が第一」が合流を決めた「日本未来の党」など、中小政党との連立も選択肢の一つだ。しかし、一党だけでは足りず、多方面との協議や工作が必要となる。それらの補完勢力が拒否権を持つことは、政権運営の混乱要因にもなる。
維新の会も、風をつかみきれずにいる。石原慎太郎・前東京都知事率いる太陽の党と合流した結果、原発政策などの政策面で相次いで妥協し、「野合」批判がつきまとう。
橋下氏は「一億二〇〇〇万人の人間がいて、たかだか一〇ぐらいのグループにまとめていったら、いろんな考え方の人が集まるのは当たり前だ」と正当化するが、政策による結集を訴えてきた橋下氏の矛盾は明らかだ。環太平洋経済連携協定(TPP)や企業・団体献金の禁止、原発政策など、重要政策はあいまいになる一方だ。
政権を争う民主、自民、維新の会の三つの勢力がそれぞれ弱みを抱えたまま臨む今回の衆院選。現状では安倍自民党の優勢が伝えられているが、選挙後には、政界再編が起こるとの観測も強い。
一三年まで見すえた政局を考えれば、カギを握るのは来夏の参院選である。日本に安定政権が誕生するには、衆院選の勝者がもう一回勝って国会のねじれ状態を解消しないといけない。党の生き残りをかけた党首たちの戦いは、衆院選後こそが本番である。(誠)
(了)
〔『中央公論』2013年1月号より〕