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自民党は野党経験と敵失から何を学ぶか

時評2013
村田晃嗣(国際政治学者)

 去る衆議院総選挙は、概ね予想どおりの結果となった。それでも、多数の現職閣僚の落選を含む民主党の大敗ぶりには、これほどと、驚かれた向きもあるであろう。

 小選挙区制という選挙制度と現今の日本の政治文化の結合がもたらす劇的変化に、勝者も敗者も、およそ政治家は身震いしたことであろう。全国に三〇〇ある小選挙区で、多少の票が与党から野党に移動すれば、このような激変を生む。しかも、首相が毎年交代する政治的不安定から、有権者は長期的視点と政治的忍耐力を欠きがちである(あるいは、この因果関係は逆かもしれない)。

 今回の総選挙では自民党が圧勝したものの、与党は参議院で多数を制していない。自民党と公明党の合計で衆議院の三分の二以上の議席を有するから、参議院の否決を覆すことは可能ではある。しかし、その政治的コストが高く、伝家の宝刀をそう繰り返して抜けるものではない。しかも、安倍新内閣は補正予算、来年度予算に加えて、社会保障改革、衆議院の定数是正、TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題など、野田内閣からの「宿題」をこなさなければならない。そうこうしているうちに、今年夏の参議院選挙がやって来る。その頃には、移り気な有権者は自民党を見限っているかもしれない。すでに自民党本部には、「参議院選挙まで、あと〜日」と掲示されているという。総選挙期間中の安倍氏のイデオロギー的発言にもかかわらず、新内閣は安全運転を期さずばなるまい。その意味で、「危機突破内閣」である以上に「危機管理内閣」であるのかもしれない。

 さて、この安倍新内閣下での日本政治の課題である。

 まず、自民党の圧勝が実は民主党の大敗の副産物、つまり、敵失にすぎないことを、十二分に自覚すべきである。前回の総選挙は自民党の大敗であって、民主党の圧勝ではなかった。それを自力の勝利と誤解したところに、民主党政権の挫折の原因があった。自らの野党経験とともに、敵の失敗からどれだけ学べるかが、今後の自民党の値打ちを決めよう。野党の声にも十分に耳を傾けなければならない。「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」とは、よく知られたビスマルクの格言である。

 次に、有権者を教育する勇気をもたなければならない。有権者が政治家を育て、政治家が有権者を教育する─これが民主主義の相互作用である。原子力エネルギーの問題やTPP加盟の是非など、国論の分かれる問題について、政治家は国民とともに学びつつ、その国民をリードしていかなければならない。「国民の皆様の様々なご要望に謙虚に耳を傾ける」だけでは、政治家は任を果たせない。

 また、政治家自身を教育しなければならない。安倍内閣は首相経験者をも入閣させ、重厚な布陣を張った。未熟な民主党から統治経験豊かな自民党へ─実は、話はそれほど単純ではない。多くの長老政治家が引退したのち、今回の総選挙で当選した自民党衆議院議員の多くは、初当選組である。

 社会の高齢化が進む中で、所属政党を問わず、とかく若い新人候補が好まれるのは、同世代に対する中高年の自信の欠如を反映していよう。事態は三年数ヵ月前の民主党政権発足時と、それほど相違ないのかもしれない。新人は自ら研鑽に励み、ベテランは彼らの教育に心を配らなければならない。新人は再選だけを考えろと指示したベテラン政治家もかつていたが、論外であろう。

 最後に、外交についてである。安倍氏は新年早々にも訪米するという。二〇〇六年に安倍氏が首相に就任した際、そのタカ派的イメージにもかかわらず、韓国と中国を歴訪して関係改善を図った。両国との関係は、当時よりもはるかに悪化している。それでも新首相が最初にアメリカをめざすのは、六年前に比べて日米関係も相当に後退してしまったからである。日米関係さえ安定していれば、日本外交は安泰といった時代ではないが、日米関係の安定なしに近隣諸国との関係は改善できない。両者は相互補完的なのである。その意味で、韓国での新大統領の誕生は、日韓関係だけでなく東アジアの国際環境に大きな意味をもつであろう。

 末尾に、二十世紀を代表するアメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの至言を、新内閣に贈りたい。「全能の神よ、われらに変えることのできることを変える勇気を、変えることのできないことを受け入れる冷静さを、そして、両者を識別する知恵を与えたまえ」。
(了)

〔『中央公論』2013年2月号より〕

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