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衆参ダブル選という噂の真相

永田町政態学

 五月の大型連休が明けると、衆参ダブル選の臆測が永田町を駆けめぐった。

 きっかけとなったのは、安倍首相が中東歴訪中の五月一日に行った同行記者団との懇談だ。ダブル選の可能性を問われた首相は、「いずれかの時点では国民に信を問わなければいけない。適切な時期をとらえて解散する」と述べて、明確には否定しなかった。

 首相発言の真意について、首相周辺は「ダブル選は選択肢の一つとして、首相の頭の片隅にはある」と打ち明ける。昨年十二月の衆院選惨敗を引きずったまま支持率低迷を続ける民主党にもこうした話が伝わると、「首相は高い支持率を背景に、ダブル選による民主党つぶしを狙っているのではないか」などと動揺が広がった。

 首相がダブル選に踏み切る理由の一つとして語られているのが、「憲法改正の環境整備」だ。

 衆院小選挙区の「一票の格差」を巡り、最高裁は二〇一一年三月、〇九年の衆院選の区割りが「違憲状態」にあったとの判断を示した。昨年十二月の衆院選は〇九年と同じ区割りで行われたため、全国各地で選挙無効を求める訴訟が一六件起こされた。高裁レベルの判決では、一四件で「違憲状態」よりも踏み込んだ「違憲」判決が出されている。一一年の最高裁判決後、国会が格差是正の措置を講じなかったことを怠慢と見なしたためだ。さらに一四件中二件では、選挙の無効まで認めた。

 秋に出される最高裁判決でも、「違憲」という判断が示される可能性が相当程度あると見られている。そうなれば、現在の衆院議員は「違憲」の選挙により議席を得たことになり、正当性に疑義が生じる。こうなると、首相が強い意欲を示す憲法改正への大きな障害になるのは避けられない。正当性に疑義のある国会が、これまで一度も行われていない憲法改正の発議を行うことは許されないという声が、政府・与党内にも強いためだ。

 こうした背景があるため、小選挙区を「〇増五減」した新区割りにより一票の格差を二倍未満に是正する区割り法案(公職選挙法改正案)を成立させることが、首相が衆院解散に踏み切る大前提だ。

 その区割り法案は四月二十三日に与党の賛成多数で衆院を通過した。六〇日ルールにより、参院で野党が審議を引き延ばしても、六月下旬の会期内には成立することが確実だ。参院では、民主党が委員長を務める参院政治倫理確立・選挙制度特別委員会(倫選特)で一ヵ月以上にわたり、審議が行われない状態が続いた。

 民主党は、「〇増五減では、違憲状態の解消には不十分だ」(細野幹事長)として、昨年十一月の自民、公明、民主三党合意で約束した定数削減との同時決着を主張。定数八〇(小選挙区三〇、比例五〇)削減法案を衆院に提出し、区割り法案の先行審議に反対した。

 政府・与党はこうした民主党の姿勢を、「ダブル選を警戒して、区割り法案の審議を引き延ばしているのは明らかだ」(政務三役)と批判した。

 区割り法案には、法律が成立・公布されてから施行されるまでに一ヵ月の周知期間が設けられている。参院選が予定される七月二十一日に新たな区割りで衆院選も実施するためには、衆院選の公示日となる七月九日から一ヵ月前の六月九日までに、区割り法が成立・公布されていることが必要だ。野党の側から見ると、六月中旬まで区割り法成立を引き延ばせば、会期延長がない限り、ダブル選を回避することができるわけだ。

 実際には、首相がダブル選に踏み切る可能性は低いと見られていた。与党の公明党が強く反対しており、自民党も準備が不十分なまま議席を減らす可能性があるためだ。それでも首相は、「民主党を怖がらせておけばいい」と、あえてダブル選の噂が広がるのを放置した。

 大手メディアは、区割り法案に反対する民主党の姿勢を「決断できない民主党」などと厳しく批判していた。民主党内には、区割り法案を早期に処理し、その後定数削減に消極的だとして与党を攻撃すべきだとの声が出ていたが、ダブル選の可能性が浮上したことで、区割り法を成立させると首相にダブル選の選択肢を与える点も考慮に入れなければならなくなった。結果的に、民主党は審議入りの決断がなかなかできず、与党から批判を浴び続けた。得をしたのは与党だ。そう考えると、今回のダブル選騒動は、民主党をおびえさせ判断を鈍らせる、首相の高等戦術だったように見えてくる。(乙)


(了)

〔『中央公論』2013年7月号より〕

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