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「黄金の3年間」と首相の試練

時評2013
村田晃嗣

 去る七月の参議院選挙で、予想通り自民党が圧勝し、「ねじれ国会」がついに解消された。すでに衆議院でも与党は絶対的な多数を制している。よほどのことがないかぎり、二〇一六年夏の次期参議院選挙まで国政選挙はなく、自民党政権は「黄金の三年間」を享受できる。安倍晋三首相も二〇一五年の自民党総裁選挙で再選されれば、この
「黄金の三年間」を首相として堪能できる。

 とはいえ、今後の自民党・安倍政権が盤石なわけではない。ここでは五つの課題を提示しておきたい。

 第一に、「アベノミクス」の真価である。そもそも、予定通り消費税を引き上げることができるのか。また、「アベノミクス」のこれまでの好調は、来年四月の消費税引き上げを前提とした駆け込み需要に支えられていた側面がある。消費税増税後に、再びデフレに陥る危険を回避できるか。「アベノミクス」の真価は、まさにこれから問われようとしている。同様に、「アベノミクス」の「三本の矢」のうち最も重要な成長戦略についても、一方で、そのために必要な大胆な構造改革と、他方で、安倍首相の提唱する「美しい日本」という国家像との間には潜在的な緊張関係がある。例えば、女性の社会進出を促進しながら家族の絆を守ることは、必ずしも容易ではない。構造改革と「美しい日本」との調和も、今後の重要な課題である。

 次に、「闘う政治家」、保守派のプリンスとして、安倍首相の独自色を今後どのように調整していくかである。そもそも、安倍首相は八月に靖国神社に参拝するか。その可能性はきわめて低いが、もし首相参拝となれば、先の麻生太郎副首相の参拝の比ではない猛反発が、中国や韓国から巻き起ころう。欧米でも日本の"右傾化"への警戒感が大幅に強まろう。また、河野談話や村山談話は踏襲され、憲法改正による自衛隊の国防軍化はあくまで長期的な課題とされるのか。あるいは、尖閣諸島に公務員は常駐されるのか。

 こうした、歴史問題や憲法問題、領土問題で、安倍首相が自らの信念に基づいた政策を推し進めれば、日本の国際的な孤立が深まるかもしれない。しかし、それを避けて現状維持に徹すれば、「闘う政治家」安倍氏に期待し支持してきた保守層の失望と反発を招くかもしれない。この調整作業は決して容易ではない。

 第三に、自民党内の権力闘争の激化である。「ねじれ国会」の解消した今、安倍首相にとって、当面の敵は民主党でも日本維新の会でもない。二〇一五年の総裁選挙に向けて、主敵は党内にいるかもしれない。ポスト安倍をにらむ有力者を育てながら、彼らを牽制するには、父・安倍晋太郎と竹下登、宮澤喜一を競わせた中曽根康弘元首相並みの手腕を要する。

 さらに、属人的な権力闘争が先述の消費税引き上げの是非のような政策対立と連動する可能性もある。事実、自民党はこれまでも、選挙で大勝して安定政権になると、党内の権力闘争が熾烈化してきた。

 第四に、安倍首相がどのようなリーダーシップのスタイルを確立できるかという点である。安倍首相がツイッターに熱心なのは、いかにも現代的である。だが、ソーシャル・ネットワーキング・サービスはしばしば人を攻撃的で狭量にする。メディアへの取材拒否も恣意的であってはならない。

 他方で、「お友達内閣」と揶揄された傾向からは、果たして脱皮できたか。つまり、政治的・人間的に距離の遠い相手に排他的で、距離の近い相手には包摂的ではないか。この組み合わせからは、強いリーダーシップは期待できまい。政治的・人間的に距離の遠い相手に包摂的で、逆に、身内には時として厳しく当たれることが、リーダーには重要であろう。

 最後に、長期政権が視野に入った今、安倍氏の健康状態は首相の重責を担い続けられるほど、本当に回復しているのかということである。政治的な安心と安定のために、十分な情報公開が必要であろう。

 かつて、小泉・ブッシュ時代に、日米同盟は黄金時代を迎えたと、しばしば語られた。一方で、小泉純一郎首相は去り、ジョージ・W・ブッシュ大統領も去った。他方、中国とどう対処するかという難題も、北朝鮮の核開発問題も、そして、沖縄の基地問題も残っている。安倍首相は日米同盟を取り戻したと語ったが、さすがに現状を同盟の黄金時代とは呼べまい。往々にして、黄金時代ははかないものである。自民党・安倍内閣が「黄金の三年間」を享受するにも、しかるべき準備と覚悟が必要なことだけはまちがいない。
(了)

〔『中央公論』20139月号より〕

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