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石破氏の閣内取り込みで複雑な安倍首相の胸の内

永田町政態学

 安倍晋三首相はいつになく上機嫌だった。

 内閣改造・自民党役員人事から一週間が過ぎた九月十日夜。首相公邸に同党の谷垣禎一幹事長、二階俊博総務会長、前幹事長の石破茂地方創生相らが顔をそろえた。旧役員の慰労と新執行部の結束確認の夕食会だった。

「石破さんは地方創生相だから、もっと日本酒を飲んで世界に広めないと」

 首相が声をかけると、石破氏は「日本酒を飲むと太るから」と苦笑いで応じた。出席者は不仲説もささやかれている両者のやりとりを興味深げに眺めていた。

 第二次安倍政権は発足以来、安定飛行を続けてきた。安倍、石破両氏に菅義偉官房長官を加えた「中枢トライアングル」が順調に機能しているためというのが、多くの見方だった。だが、安倍、石破両氏の関係には、外からは見えない「ほころび」が生じていた。

「石破さんは公明党や地方に甘い顔をしすぎだ」

 首相は人事にあたり、幹事長交代の方針を真っ先に固めた。石破氏が集団的自衛権行使に難色を示す公明党の説得に二の足を踏んだことや、沖縄県名護市長選や福島県知事選などの候補者選定を巡って地元の自民党県連との調整に手間取り、対応が後手に回ったとして不満を募らせていたためだ。

 首相のこの人事方針を後押しした人物がいた。麻生太郎副総理兼財務相だ。「石破外し」と「谷垣幹事長起用」を早くから進言していた麻生氏には、二〇〇九年七月、麻生内閣の農相でありながら「麻生おろし」に加担した石破氏への強い不信感があった。

 幹事長の次に安全保障法制相のポストを用意した首相に対し、今度は石破氏側が反撃に出た。
「入閣するべきではない。閣僚になれば来年の総裁選に出馬できなくなる」との周囲の主戦論に押される形で、石破氏は幹事長続投をマスコミを通じて要求するという異例の対抗策に打って出た。八月二十五日のラジオ番組で、「(来年春の統一地方選で)きちんと勝ち、これから先の(福島、沖縄両県の)知事選も勝てるよう、私としてはやりたい」と語ったのだ。

 石破氏の発言は永田町に波紋を広げた。麻生氏は記者会見で「公共の電波を使ってバンバンしゃべるというのは珍しい」と皮肉った。町村信孝元官房長官は「石破氏とは一体何者だ。改めて評価が下がった」と酷評した。

 両氏の対立が激化し始めた時、火消しと仲介に走ったのが菅官房長官だった。首相には石破氏を閣内で処遇するよう求め、石破氏には関係修復を呼びかけた。

 八月二十九日、安倍、石破両氏は首相官邸で会談し、石破氏が地方創生相で入閣する方向が決まった。首相にすれば、根強い人気を持つ石破氏を無役にして野に放てば、反安倍の旗頭になりかねない。石破氏にしても、安定した安倍政権に無役で対抗し続けるのはイバラの道だった。結局、両氏は痛み分けの形で矛を収めた。

 ただ、人口減少対策や地域活性化を目指す地方創生を担当することが、石破氏にとって追い風となる可能性もある。閣僚として各地に出張する地方行脚は、地方の支持を拡大するチャンスだ。逆に首相にとっては、政権の重要政策に掲げる地方創生が順調に進めば進むほど、ライバルである石破氏の存在感が増すというジレンマを抱えることになる。

 その一方、首相が石破氏をうまく閣内に封じ込めたとの見方も根強くある。

 第二次安倍改造内閣が大きく失速しない限り、閣僚の一人として首相を支える立場の石破氏が来年の自民党総裁選に出馬するのは「首相に反旗を翻す形になるため難しい」(閣僚経験者)とみられているためだ。

 新設の地方創生相の権限や影響力も未知数だ。

 来年度予算には地方創生関連の特別枠が設けられる予定で、各省は予算獲得に向け、政策の仕込みに余念がない。政治家や官僚が担当閣僚の石破氏のもとに次々と陳情で訪れる「石破詣で」を予測する向きもある。

 しかし、地方で深刻化する人口減少は少子化相を兼ねる有村治子女性活躍相、地方自治関係は高市早苗総務相と、地方創生の推進には多くの閣僚と面倒な調整や折衝を重ねなければならない。最も重要な予算獲得では、石破氏の天敵ともいえる財務相の麻生氏が立ちはだかる。

 安倍、石破両氏の間では、今後も緊張感をはらんだ駆け引きが続きそうで目が離せない。(真)
(了)

〔『中央公論』2014年11月号より〕

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