最新の研究で明らかになった実態
筆者が所属する国際大学グローバル・コミュニケーション・センターは、グーグル合同会社と協力して、「Innovation Nippon」という研究プロジェクトを展開している。筆者は2019年から、このプロジェクトの一環として偽・誤情報に焦点を当てた実証研究を行ってきた。
22年と23年に発表した研究成果を紹介しよう。調査対象は、コロナワクチン、政治に関連する偽・誤情報各6件と陰謀論を6件の合計18件である。この18件の情報について、人々の真偽判断や拡散行動などを詳細に調査した。
まず、真偽判断について調査した結果、偽・誤情報を見聞きした人の中でその誤りを認識していた人は少なかった。特に政治関連の情報については全世代で平均して13・0%しか誤りに気づいていなかった。コロナワクチンと陰謀論についてはもう少し高いものの、それぞれ43・4%、41・7%という結果だ。これらのデータから、大多数の人々が偽・誤情報に騙され、その真偽を見極めるのが困難であることが明らかになる。
注目すべきは、年代別の認識の違いである。50代や60代といった中高年層は、若い世代に比べて偽・誤情報が誤っていると気づきにくい傾向があった。政治関連の情報や陰謀論において、この傾向が特に顕著であった。これは、偽・誤情報が若者だけでなく、広範な年代に影響を与えている証拠であり、その対策と認識の改善が全世代にわたって求められることを強く示唆している。
拡散行動に関する分析でも興味深い結果が得られた。政治関連の偽・誤情報は16・4%、陰謀論は18・4%の人々によって拡散されているのに対し、事実のニュースの拡散確率は13・0%に過ぎなかったのである。これに加えて、情報の拡散手段として最も一般的だったのは「家族・友人・知人との直接の会話」であり、偽・誤情報がインターネットだけでなく、リアルな会話によっても数多く拡散していることを示唆している。
また、数学的モデルを用いた定量分析によって、偽・誤情報を信じている人々が、その情報を誤りだと理解している人々よりも、はるかに高い確率でそれを拡散していることが明らかになった。具体的には、コロナワクチン関連の偽・誤情報の拡散確率は、信じている人々の方が、信じていない人々に比べて20・7ポイントも高い。メディアリテラシーや情報リテラシーのレベルも、拡散行動に大きく影響しており、各リテラシーが低い人ほど、偽・誤情報を拡散する傾向が強かった。
以上のような背景から、偽・誤情報は事実よりもはるかに拡散されやすい。18年に科学誌『Science』に掲載された米国の研究によれば、偽・誤情報は事実に基づいたニュースよりも、約6倍も速く拡散するという。拡散されやすい理由としては、偽・誤情報の方が事実のニュースよりもセンセーショナルであるということも挙げられる。つまり、我々が接している情報空間は、偽・誤情報を信じやすい人々や、メディア情報リテラシーが低い人々によって偽・誤情報が拡散されがちであるという現実が浮き彫りになったといえる。このような状況は、社会全体の情報の質を低下させ、個人の判断を歪めるリスクをはらんでいる。
筆者はさらに、社会的影響を分析するために、二つの政治関連の偽・誤情報に焦点を当てた実証実験を20年に行った。一つは安倍元首相に、もう一つは立憲民主党の蓮舫議員に不利な内容の偽・誤情報を用意し、これらの情報を見る前と後で、各政治家に対する支持の度合いの変動を分析した。
分析の結果、偽・誤情報を見た後に政治家への支持の度合いを下げる人々は少なくなかった。特に、元々弱い支持を示していた人々が影響を受けやすいことが明らかになった。図は、最初の支持別に、どれくらいの割合の人が偽・誤情報を見て支持の度合いを下げたかを示している。この弱い支持層は、全支持者の中で多数を占める層であり、彼らの動向が選挙結果に直接影響を与える可能性は高い。つまり、この実験から、偽・誤情報が個人の政治的判断や選択を歪め、それが選挙結果に影響を与えうることが示唆されたのである。