「普通に医療をやらせてくれよ」の声声声......新型コロナ 医師の心を折る"診療以前"の問題群
堀 成美さん(東京都看護協会危機管理室アドバイザー)インタビュー/聞き手・川端裕人さん(作家)
*この記事は6月24日(水)にYahoo!ニュースに配信したものです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b3d6882eed2366b2d6486033ba005943f333aca8
「わかんないよね新型コロナ」(ニコニコ生放送)に出演し、視聴者の疑問にわかりやすく応える堀さんは、感染症対策のプロフェッショナルだ。コロナ第一波で浮き彫りになった課題を川端裕人さんが訊いた。川端さんはフィールド疫学者が主人公の小説『エピデミック』の著書があるほか、Webナショジオで「 『研究室』に行ってみた。」を連載するなど、サイエンスに詳しい。
テレビ報道の「悪意」
川端》 僕が堀さんに話を伺いたいと思った理由は、コロナをめぐって臨床医はよく取材されるし、専門家会議やクラスター対策班も発信を重視している。でも、ブラックボックスがあって、堀さんご出身のFETP─J(国立感染症研究所〔以下、感染研〕の実地疫学専門家養成コース。Field Epidemio logy Training Program Japan)関係者が何をやっているのか、恐らく実務的にも大変なんでしょうが、本人たちは何も言えない状態だと推測しています。
堀》 そう。前面に出て発言はしていないですね。
川端》 また、感染症看護の専門家で、国立病院の感染症対策専門職だったこともある。複数の語られざる現場に通じ、全体を見渡せる方です。
堀》 つかまれていますね。(笑)
川端》 まず、テレビに出るような人気の専門家の発言をどう見ますか。
堀》 想定の範囲内でしたけれども、医療関係者が国難にあたって何とかしなきゃとなっている時に、ここまで執拗に、悪意を疑ってしまうくらい、嫌な扱われ方でした。私は一度だけテレビ出演しましたが、制作者は「視聴率が取れるんですよ」とか言っている。NHKでも変なBGMをつけたりしていますよね。あれやめてほしい、と関係者にも伝えています。
川端》 過剰な効果音とか。
堀》 そう。一人一人の報道関係者は会うと悪い人たちではないのですが、結果的に患者さんに対する偏見や差別を生むようなことをやっている。
私たちはHIVの感染で苦い経験をして反省したはずなのに。感染症ネタは放っておくと暴走します。
川端》 堀さんは「わかんないよね新型コロナ」というネット上の番組を四月から平日毎日続けていますね。
堀》 これは日本科学未来館と国立国際医療研究センター国際感染症センターのコラボですが、さかのぼるとエボラの時、科学未来館のサイエンスコミュニケーターから一般の人になかなか伝わらないことを伝えたい、と依頼を受けたんです。続いてMERSや性感染症も扱いました。クリスマス・イブに猫耳をかぶって、「聖なる夜に性なるお話を聞きたい、画面の前にいる奇特な皆さん、こんばんは」とか言って(笑)、本当に届けたい層への発信を試みたのです。今回は三月初頭から取り組むべきだったと、出遅れを反省しています。
川端》 先ほど「悪意」という言葉も使われましたが、テレビ報道の問題点はどういうところですか。
堀》 PCR検査が一番いい例です。どうすればいいか、正解はなかったし今でも答えは一つではありません。しかしテレビは犯人探しのような雰囲気を作って怒りや不安を醸成してしまった。
川端》 PCRに関しては、最初は検査数が足りないとテレビは連呼していましたが、次第に陽性率にこだわり始めましたよね。
堀》 批判ネタを次々探していました。
クラスター対策班の役割は終わった
川端》 確かに検査数は日本では少なかったけれど、対策班の責任にするのもおかしいと思っていました。
堀》 そうですね。でも、クラスター対策班や専門家会議が、それを十分に伝えるコミュニケーションをしていたかというと、大いに疑問です。
川端》 誰もが不安な時期に十分に伝えられたかというと、決してそうではなかったでしょう。でも、それが彼らの役割なんでしょうか。
堀》 冷たく聞こえるかもしれませんけど、クラスター対策班はクラスター対策班でしかありません。専門家会議はその分野の専門家としてただ招聘されているだけで、彼らが何かを決めて実践する立場にはない。そういう原則に立ち返ればよかった。
川端》 分析して判断のための材料を提供したり、政策提言するところまでですよね。それが、なぜか対策班や専門家会議が政策を決めているような印象を持たれていました。でも、今の対策班は遠からず解散しますよね。これまでのデータを分析してやるべきことがわかったら、国のレベルでも自治体のレベルでもそれをやっていくというふうになっていく。対策班の最初の大仕事は終わりつつあるけれど、クラスター対策はこれからも続いていくわけです。
堀》 そう、落とし込みなんですよ。クラスター対策班が示したエッセンスを、自治体や職場で実践していくフェーズに移すことが重要ですよね。
いまだにFAXの世界
川端》 今回、医療現場では何が一番大変だったのでしょうか。
堀》 ドクターたちがよく言っていたのは、「普通にウイルス感染症の医療をやらせてくれよ」という言葉。今は血栓症も問題になっていますが、当初は一部の人が重症の肺炎になるけど、多くの人は軽症の呼吸器系の感染症の対応だった。だから、本当は普通に戦えたはずなんですよ。
例えば、患者さんが退院する条件に、原則二回の陰性確認が義務づけられていますよね。でもなぜか、治っているはずなのにいくら検査しても陽性になる人がいる。部屋でスクワットをするような元気な人が帰れない。ある時期からは病床やホテルの部屋が空いてきたからなんとかなりました。「医療崩壊」の内実はウイルスが厄介というより、別の負荷が大きくなっていたことです。
普通の病気のように医師の判断に任せればいいのに、患者を診てもいない人たちから検査はダメとか、逆に「陰性二回確認はルール」とかいうお役所対応をされると現場の心は折れてしまう。大変なのはコロナウイルスではなく、診療や対応を複雑にしている仕組みなんです。
もう一つ触れておきたいのは、なんで医療現場に"ごみ袋"が必要になったのか、ということです。
川端》 PPE(個人防護具)の生地として、ですね。
堀》 そう。マスクや防護服がなくなったのは、皆が一斉に買ったから。台湾や韓国は早々に国が物資のルートを押さえたので、日本みたいな混乱は起きていない。それらの医療物資があれば、コロナの診療はここまで難しくなかったはずです。
だから世間では「医療現場で働いている人、ありがとう」というムーブメントがありますが、ちょっと違うんだよなという空気はありますね。
川端》 そうした混乱がなければ、医療や看護に専念できたはずだと。
堀》 そう思います。もう一つ医療現場から聞こえたのは、書類が多すぎて大変という声。指定感染症になったので、公費にするためにも書類が要る。ホテルに移すには、その同意書を取る必要も。さらに行政や保健所から「患者さんは今どうなったか(退院したのかホテルなのか)」といった問い合わせもある。
医師はコロナ患者が発生したら、FAXを保健所に送る。保健所はそのFAXを見て端末に入力。そうしてようやく都道府県、厚生労働省(以下、厚労省)、感染研がデータを見られる。現場はこのFAXを早くやめてくれ、と言っています。しかも、パソコンで作成してはダメで、手書きで書いて、はんこを捺さなければいけません。まだあるんですよ(笑)。「今、FAXを送りました」と電話して、原本は郵送......。
なぜ日本では統計がしっかり出ないのだと批判されていますが、こういうレベルでのつまずきなんです。早く変えたほうがいいよねといわれてきた仕組みが、ここに至って現場にしわ寄せを生んでいます。
コロナスキームという問題
川端》 危機においては、情報の遅れや混乱が、足を引っ張りがちですね。 FAXでのやり取りは、四月半ば頃、河野太郎防衛大臣がツイッターで医師の悲鳴を拾いあげて、データ入力できる態勢になったようですね。
堀》 そう。でも喜んだのは、ツイッターを書いた人とその周辺ぐらいで、他はすごく冷ややかに「患者が減ってきたのに、今頃ですか」と。
川端》 次の波が来るまでに、改善しておく必要はありますよね。
堀》 でも、データ入力できるようになったのはコロナだけ、という問題もあるんです。感染症法に基づいてFAXで報告しなければいけないものは他にもある。独自のコロナスキームを作ったがために、他が放置されているのも問題です。
川端》 違うスキームを走らせてしまうと、局所的にさらに大変になる人が出てくる可能性はありますね。
堀》 だから繰り返しますが、ただの新しい呼吸器系感染症を相手に戦いたかったのに、病院も保健所も大変、データはよくわからない......。これではデータをもとにするフィールド疫学者は戦いようがありません。
川端》 データの取り扱いについては、自治体ごとに違いが出ていますね。
堀》 もともと新型インフルエンザ等が流行したら、自治体ごとに責任を持って取り組む仕組みがありました。大阪府や三重県は独自の仕組みを作りましたね。東京都は二三区の裁量が大きく、足並みを揃えるのが難しくて出遅れましたが、都としての仕組みを作りました。その後にタイミングがずれてコロナについてだけ国が似たようなものを作っている。
川端》 ここでもまた二重、三重の、スキームが走り始めるわけですね。
堀》 自治体ごとに頑張ってね、というのが国の基本スタンスのはず。でもメディアから「国は何をしているんだ」と突き上げられると、国は自治体に縛りをかけ始めるわけですよ。
私が強調したいのは、FAXも元気な人が退院できないことも、「おかしい」と皆が気づいているのに、現実が変わらないということ。どんな困難でも、良いほうに変われば希望を見いだせる。リーダーにはその役割を期待したい。
データについてはもう一点。私は海外から「日本のデータはどこにあるんだ」と尋ねられ続けて困りました。厚労省や感染研のホームページで英語での情報が探せないんだけど......という問い合わせです。厚労省のホームページは"総合デパート"みたいで情報が探しづらい。感染研のページも、コロナで検索しても時系列情報が探せない。
川端》 やっと見つけた情報も、しばしばPDFで残念ですよね。
堀》 エクセルで出してほしいですよね。それと、外国の人が言っていたのは、発症日のエピカーブ(感染症疫学の中心テーマである発症日のグラフ)がなかなか出なかったこと。ようやく四月の終わりに、感染研のページに出たんですよ。なぜそれまで出なかったのか。
川端》 読者向けに補足すると、日々ニュースで接する新規感染者数は確定診断された日がベースですが、疫学的な実態に迫るには、発症日を見たいわけです。感染症疫学の分析は日ごとの発症者数を描いたエピカーブを作るところから始まるんですよね。
堀》 エピカーブがなかなか出なかったことで、「実はとんでもない事態になっているのでは」といった疑心暗鬼が生まれたことは残念です。
(以下、略。月刊『中央公論』2020年7月号より抜粋)
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◆ほりなるみ
神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学卒業。民間、公立病院の感染症科勤務を経て、2007~09年国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)修了。聖路加国際大学助教、国立国際医療研究センターを経て、18年よりフリーランスのコンサルタント(感染症対策・地域や組織のグローバル対策)。著書に『感染症疫学ハンドブック』(編著)など。
【聞き手】
◆かわばたひろと
1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。ノンフィクション作品に『PTA再活用論』『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)など。小説作品にフィールド疫学者が主人公の『エピデミック』など。