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今こそ伝えたい新型コロナ 「隙を突くウイルス」の本質 前編

西浦 博(京都大学教授)×川端裕人(作家)
西浦博・京都大学教授
 Go To トラベルやイートが導入された10月半ばに、「解禁ムード」に警鐘を鳴らす対談を行った。
 日本の理論疫学のエースである西浦博教授と、共著書『新型コロナからいのちを守れ!――理論疫学者西浦博の挑戦』(中央公論新社)を12月10日に刊行する川端裕人氏による対談の「後半部」をお届けする。
 対談の「前半部」(https://chuokoron.jp/science/115908.html)もご参照ください。

  1. GoToや海外渡航解禁は大丈夫?
  2. デジタルと分科会は機能しているか
  3. 人材が足りない!
  4. 国民監視の中で進んだ感染対策

GoToや海外渡航解禁は大丈夫?

川端 GoToキャンペーンの本格化や国際的なビジネス移動の解禁が始まりましたが、大丈夫なのでしょうか。

西浦 感染予防の観点からは、これらは決してよい要素ではありません。私自身はこれまで「感染者が増えた場合の備えがない限り、移動の解禁は困る」と、リスク軽視を危惧する立場から発言をしてきました。でもGoToをやるとなれば、私たちがいくら「ダメです」と訴えたところで、経済的理由で始まってしまう。だとしたら一歩大人になって開き直り、専門家として何ができるかを考えるしかありません。その認識でさまざまな人たちが水面下で手を取り合い、GoToで感染者が増えた場合に詳細を分析できる環境を整えてきたのです。それは内閣官房のアナウンスにも多少反映されています。重症化リスクの高い比較的高齢な方たちが集まって地方へ出かけ、宴会を開くのはNGだけど、四人家族が車で近隣県へ旅行するのは気をつけて感染対策をしつつであれば大丈夫ですよ、と。一人ひとりが賢くなって注意を守れるのなら、それに越したことはありません。
 国際移動についても、二週間の行動計画が正確に把握できるとは思えないし、二週間を空港付近で過ごしてもらうのも、全接触者に毎日検査をするのも、難しいでしょう。こんな場合こそ、研究者の出番ではないかと思っています。旅行者の接触・行動履歴や、ハイリスクコンタクトの観察記録を集めて管理・分析できれば、どんな旅行行動が危険なのかが分析できます。そこから感染流行中の国際移動については、ここに気をつけてくださいという大まかなガイドラインを作ることができる。そうすれば、たとえ不十分でも可能な範囲の経済活動をしながらこの感染症とつきあっていくことができるかもしれない。政策提言をされる分科会の先生方は、なんとかポジティブな方向を見つけようとしているのだと思います。

デジタルと分科会は機能しているか

川端 期待されていたコロナ感染者の情報把握・管理支援システム「HER‐SYS」や接触確認アプリ「COCOA」といったデジタルツールがうまく機能していないと報道されていますが。

西浦 ハーシスやココアは実装面で課題が多かったためワーキンググループが作られたのですが、各実装セクションの方が努力された結果、最近は入力データのエラーが検証されて正確になったと伺っています。以前は濃厚接触者かどうかもわからないような人の登録データもエラーにならず入力されてしまっていたし、接触者の追跡調査情報の有無もバラバラだったのですが、そこは是正されましたね。
 ハーシスは今後機能していくはずです。問題はモニタリングが継続できるかどうか。継続の見込みが立ってようやくサーベイランスが成功といえますが、今その少し手前の状況です。
 良いニュースとしては、遠くない未来に、これまでの感染者データを公開できるように厚生労働省も地道に頑張ってきてくれたことです。中枢にいなくても誰もがデータにアクセスできるようになり、分析が一気に進む可能性があります。

川端 分科会には経済の専門家も加わり、最初は非常に勢い込んでさまざまな提言をされようとしていましたが、その後うまく融和して議論が成立しているのでしょうか。

西浦 会とは別の話ですが、国が専門家をうまく使い切れていない可能性があるのかもしれません。先進国としては本来、経済と感染症対策の両立をスローガンに最適化を図った上で、何が有効かつ必須の感染症対策で、両立のゴールはどこなのかを示すような研究を複数打ち立てておくべきだったのですが、今の日本には分科会の外で関連研究の試みがごくわずかにあるだけという厳しい状況です。流行対策による経済活動へのインパクトを定量化できる専門家がいないわけじゃないのに、声をかけて使い切れていないということです。もちろん、今入っていらっしゃる先生方は各分野の大家ですし、意見交換の場として分科会は機能していると聞いています。ただ、政策策定上で最も適切な専門性を持つ経済学の専門家を選定した上で成長させながら使っていくという、役所本来の目的の達成に貢献しているのかどうか私にはわかりません。

人材が足りない!

川端 西浦さんがどこかで「日本は一〇〇人規模で人を雇うのが苦手だ」とおっしゃっていたのが印象に残っているのですが、やはり諸外国と比べてもFETP(実地疫学専門家養成コース)が少ないのでしょうか。

西浦 もちろん、日本でも以前に増してアメリカのCDC(疾病予防管理センター)のような機関が必要だという声が高まるでしょう。今回の流行を経て、感染症の疫学者不足を皆で痛感しましたし、人材育成のためにもCDCの必要性が政策として議論されていく最中だと思います。専門のコンタクトトレーサー(接触追跡者)を一定規模確保できると非常に良いですね。日本は未だに無症状の人まで大規模に検査しようと議論していますが、どのような形であれ、検査をすれば無症状あるいは軽症の感染者が見つかり、彼らの行動をトレースする必要性が出てくる。これまで検査が進まなかった一因は、保健所に接触追跡が実施可能な人材が十分な数いなかったからでもあります。
 ただし、箱だけ作っても、日本は行政の膠着度が高いので動かない機関になるリスクもあります。皆が臨時で寄り合ってできた専門家会議のような協力体制はいずれにしても確保しないといけなくて、あとは未来に向けて良い人材が育成される場が確保できれば。

川端 今回、僕が最も気になったのは、西浦さん以外に西浦さんの分析をチェックできる専門家がいなかったということです。普通はどんな第一人者でも、周辺分野から意見やアドバイスがもらえるものですが、今回に関しては本当にいなかった。人口学や数理生態学の先生方も奥ゆかしくて、専門内で意見は出されても、メディアでの援護射撃や批判はなかった。これは非常に不健全な状況ですし、そのことで不信感を抱いてしまった人もいたかもしれません。
 もう一つは、データを出せなかったということです。実際のデータと計算方法を開示できないがゆえに、説得力を欠いてしまった。西浦さんが非常に困難な使命を受けて頑張っているのは明らかなのに、場違いな批判ばかりされているのがいたたまれなかった。お忙しい最中に直接連絡して状況を聞くことはとてもできない。そこで僕はなんとか西浦さんのツイートから状況を読み解こうとしたり、神戸大学の中澤港先生と『ナショナルジオグラフィック日本版』で連載「新型コロナ、本当のこと」を立ち上げて解説したりしていたのですが。

西浦 確かにいただいた反応の一部は極端だったり、専門的にポイントから外れているものもありましたが、海外でも同様にグラグラしていましたよ。著名な専門家たちが集まるアメリカでさえ、意見が揺れていた。プロが複数名いることで少しは緩和されるでしょうが、しんどさがなくなることはないのだろうと思っています。でも、私以外の手練れがいないことによる科学コミュニケーションの混乱は真摯に受け止めないといけないことです。今後の育成努力を通じて是正していこうと考えています。

国民監視の中で進んだ感染対策

川端 東京大学の稲葉寿先生が書いていました。「数理モデルの精度を含め、今回はいろいろな批判があったけれど、少なくとも理論疫学による推定なしの時代にはもはや戻れない」と。至言だと思いました。勘や占いで決めるのとは全く違う、数少ないデータからでもその時点での最良の判断の幅を示してくれたのは大きかった。

西浦 そうですね。致死率がどの程度でどんな被害が出る感染症なのか、そのベースの知識は最初の二ヵ月でかなり正確にわかりましたから。少なくとも経験と勘よりはよいコンパスを得たことになります。ただ、その実装には、専門性を政策判断の場にスムーズに浸透させることが最低限必要です。疫学や公衆衛生の専門家でこの状況を経験した人がいれば翻訳者になってもらうことができますし、国の研究機関で理論疫学の研究チームができて政府への翻訳を担う人が常駐できれば、なお理想的です。それくらいのリテラシーが必要なのです。こうしたことが普通に受け入れられるようになれば、社会科学関係での動揺が起きることも少なくなるのでしょう。
 その意味では今回、研究室の皆がやりがいのある仕事であることを実感してくれたのがうれしかったですね。私と同様の覚悟を引き受けるかどうかは別にして、自分たちの研究の重要性を感じ、どんなプロセスを経れば、国や総理の決断に影響を与えられるのかを体験できたことは大きかったと思います。一〇年後、彼らにお任せして僕がゆっくり隠居できれば理想的ですね。簡単じゃないことはわかっていますが。(笑)
 日本におけるコロナの流行の特徴は、やはり国民の監視の中で進んできたということだと思います。政治家もどうしたらいいのかわからず、一方に向かうと反対側からどよめきが起こって揺れる。それを繰り返しながら対策を行ってきた。その意味で、今回、菅総理に交代したからといって、感染症対策が大きく変わることはないと思います。
 とはいえ、今後どう流行を制御するのか、国としての方向性を明確に出す必要はあるでしょう。大規模流行が起こっていないことを根拠に、大局的に政策が間違っていないことを結果論的に述べているような体制が続くことは健康的ではありません。明確なポリシーを透明性と責任感を持って示せないと、無責任だと思われてしまうでしょう。このままのらりくらりと上がり下がりを続けながら抑制策を維持してワクチン普及を待つのか、多少流行が大きくなることも是認しつつ経済政策を優先的に打つ方向を目指すのか。明示的に自己矛盾のない方針を述べたほうが、国民の動揺や意見の乱立を防げるでしょう。制御が健康的でポジティブな方向に進んでいくよう、切に願っています。

(西浦博著、川端裕人〔聞き手〕『新型コロナからいのちを守れ!――理論疫学者西浦博の挑戦』が十二月十日、小社より刊行予定)

構成:高松夕佳

〔『中央公論』2020年12月号より抜粋〕

理論疫学者・西浦博の挑戦――新型コロナからいのちを守れ!

西浦博、川端裕人(聞き手)

2019年大晦日。西浦博は、武漢で未知のウイルスが流行の兆し、との情報をキャッチする。1月16日には日本で最初の症例が確定。急遽、北海道から東京へ向かうこととなる。のちにクラスター対策班につながる初動であり、6ヵ月にわたる予想もしない日々の始まりだった。 武漢からのチャーター便の帰国直後、ダイヤモンド・プリンセスが寄港。一気に感染者が押し寄せ、日本は流行に突入する。そして、2月22日、加藤勝信厚生労働大臣より「エマージェンシー・オペレーティング・センターを作るので、中心に立って流行対策にアドバイスしてほしい」と要請される。日本で初めて、感染症対策の専門家が政策決定の中枢に入る、画期的な出来事であった――。 厚生労働省クラスター対策班でデータ分析に従事し、「8割おじさん」と呼ばれた数理モデルの第一人者が、新型コロナ対策の舞台裏で繰り広げられた政治との格闘、サイエンス・コミュニケーションの葛藤と苦悩、科学者たちの連帯と絆まで、熱い本音を語った奮闘の記録。

西浦 博(京都大学教授)×川端裕人(作家)
◆西浦 博〔にしうらひろし〕
1977年大阪府生まれ。宮崎医科大学医学部卒業、広島大学大学院医歯薬総合研究科修了。博士(保健学)。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学、香港大学、北海道大学などで専門研究と教育を経験。本年8月より現職。専門は感染症数理モデルを利用した流行データの分析。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で3密を特定。人との接触機会の8割減を唱えたことから「8割おじさん」と呼ばれた。

◆川端裕人〔かわばたひろと〕
1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。日本テレビ報道局で科学報道に従事し、97年よりフリーランス。ノンフィクション作品に『PTA再活用論』『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)など。フィールド疫学者が主人公の小説作品『エピデミック』を執筆・刊行した2007年当時、西浦博氏に取材した経緯がある。近刊に『「色のふしぎ」と不思議な社会』。
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