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最高検のコントロールを繰り返す検察の将来

時評2011
牧原 出(政治学者)

 「いわゆる厚労省元局長無罪事件における捜査・公判活動の問題点等について」│大阪地検特捜部の検事が証拠のFDを改竄し、それを上司が隠蔽しようとしていたと報道されて世間を騒がせた事件。最高検察庁はこれについての自己点検報告書を公表した。そして十二月二十四日、一月十三日には、法務大臣の諮問機関である「検察の在り方検討会議」が、この報告書について審議した。

 事件は、女優の田中美佐子主演でテレビドラマ化されることが決まり、そこでは「家族の絆」の大切さがテーマとなるという。確かに、自分が突然身に覚えのない事件で訴えられたとしたら、家族が心の支えになるであろう。しかも、国民の誰もが一度は法廷の裁判員席に座るかもしれない現在、訴追する検事の証拠をいちいち疑わざるを得ないというのでは、裁判が成り立たなくなってしまう。刑事裁判が身近になった分、事件は人ごとではない。

 かつては、日本の官僚は不祥事を起こしにくく、職業上の倫理が高いと信じられていた。だが、一九九〇年代以降には官僚不祥事が断続的に発覚し、そのたびに事件の調査と組織改革が提言されてきた。職員の過剰接待を機に設置された大蔵省の行政の在り方に関する懇談会、長期間監禁されていた女性が発見されたときに温泉で本部長が特別監察担当官を接待していた新潟雪見酒事件と警察刷新会議、報償費の着服・政治との不透明な癒着があいついだ外務省改革、不正な物品授受・個人情報の目的外閲覧・ずさんな年金記録管理などが明らかとなった社会保険庁の改革、機密情報漏洩・衝突事故などの事件を対象とした防衛省改革会議が、これまでの代表的な事例である。

 これらは、財政・警察・外交・防衛・司法と、国家の中核的な業務を網羅している。しかも、具体的事例は組織ごとに異なるが、その背景事情(組織内の出世組とその他との格差、地方間の組織文化の違い)、原因究明手続き(ヒアリング、外部アドバイザーの登用)、再発防止策(意識改革、倫理規範の制定など)など諸側面で共通点が多い。一連の報告書は、現代日本の官僚組織の構造的な問題と、公務員が共有すべき倫理とを示しているのである。

しかも、年を経るにつれて、報告書の分量が増え、不祥事への原因究明も詳細になっている。対応が次第に洗練されてきたといえよう。かつてOECDは、公務員不祥事の絶えない諸国への処方箋として、公務員倫理の遵守や、倫理監督機関の設置など「倫理インフラストラクチャー」の構築が不可欠であるとの提言を発したが、これらの報告書こそ「インフラストラクチャー」であり、公務員のあり方を問い直す情報基盤なのである。

 その際に見逃せないのが政権交代である。自民党政権下での改革会議は、役所と近い有識者による温かく実現可能な改革の処方箋を発していた。だが、政権交代後初の改革である今回、検察の在り方検討会議は、報告書に対し「一方的な見方がなされている」「問題点を非常に小さく見せようとしている」といった手厳しい批判をつきつけている。そもそも事件は、当時野党であった民主党議員の口利きを発端としたとされていた。また総選挙前に小沢一郎元代表の金権問題に突如検察の捜査が及んだ。政権交代後も、この民主党対検察という構図が折に触れて姿を現しているのである。

 検察の在り方検討会議は、政治からの介入ともいいうる。これに対して、自己点検報告書に期待されたのは、検察の独立を守る防波堤であったのだろう。確かに、相当数のマンパワーを投入し、外部の検証アドバイザーの意見をふまえるなど、工夫が見られる点は評価してもよいだろう。だが、報告書は、問題となった検事以外の検事は真面目に業務に当たっていることを前提に、最高検・高検の「指導の徹底」という上からのコントロールを繰り返す。本来あるべき防波堤は、市民の支持と、部内職員の下からの危機意識である。だからこそ、警察改革では市民が委員となる公安委員会の機能強化を説いた。また、外務省改革では職員の自己点検運動があった。

 裁判員制度のもと、国民が期待するのは政治から無理やり改革を強制される検察ではなく、自ら襟を正す検察である。検察が自己点検からどう一歩を踏み出し、国民の信頼を勝ち取るのか。ここでも、政権交代後、政治に対するあるべき官の役割が問われているのである。

(了)

〔『中央公論』2011年3月号より〕

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