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ウスビ・サコ✕内田樹 「ゲリラ的教育」でオンライン時代の学生に刺激を

ウスビ・サコ(京都精華大学学長)×内田 樹(神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長)×司会:小林哲夫(教育ジャーナリスト)

「ゲリラ旅行」は効果抜群

─サコ先生は『サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)などで、日本の学生にとって国外はハードルが高いと指摘していますね。

サコ 日本では国外に出ることが、留学や外資系企業への就職といった、学力競争の勝者のトロフィーとなっています。ただ一人でふらりと国外へ行って、ただ見聞を広めて帰ってくる人を支援するインセンティブが学校にはない。それでは「行きたい」という学生は出てきません。

内田 僕が大学在職中、実はゼミ旅行は毎年海外でした。中国、韓国、台湾、タイ、インドネシア、マレーシア......。もちろん大学からは禁止されています。事故があった時に大学は責任を取れませんから。そこで「ゼミ旅行」とは言わず、学生は学生同士で遊びに出かけ、教師は教師で個人旅行をする。それが空港でばったり会って、「なんだ行き先一緒じゃないか」と言って同じ飛行機に乗り、同じホテルに泊まって帰ってくるという。(笑)

サコ 私もかつてはゲリラ的にやっていました。学生たちが「焼肉を食べたい」と言うので「焼肉ならソウルでしょ!」と、勢いで学生二〇人を二泊三日のソウル焼肉ツアーに連れていった(笑)。大学にはめちゃくちゃ怒られましたが。面白かったのが、正規の授業ではないため、学生たちがミスのないよう注意していたことです。「しおり」を作ったり、店を予約したりと自発的に準備した。そこで大学は、正式な短期の海外ショートプログラムにも、毎回、半年間の準備期間を作りました。すると学生たちが自発的に動き出すのです。特製Tシャツまで作ったりね。(笑)

 国外に行くことの楽しさを伝える教員の姿勢が重要なのです。もちろん積極的な学生ばかりではありませんが、一人では怖くてもみんなと一緒なら行けるかな、と思わせること。関心さえ引き出せば、学生たちは自分たちで動きます。形式だけ整えられマニュアル化された留学に誰も行こうとしないのとは対照的です。

─学生は、知に飢えているのでしょうね。あれもこれも知りたいけれど、なかなか一歩が踏み出せない。その気持ちをどうやってすくい上げ、発揮できる舞台を作るか。

サコ 重要なのはそこです。でも高校の延長のような教育をしている教員が非常に多い。一方的に科目を教えるのではなく、学生たちが求めている時に求めている情報をプロとして出せるかどうか。講義室以外の場にコーヒー片手に集まって話す中で、「この本を読んでみたら」と、知的好奇心を刺激する。そういう場が生まれる方向に、教育方法を変えていかなくてはいけないと感じます。

内田 非公式の教育は非常に効果が高いんです。僕が私的に学生をフランスの語学研修に連れていった時、学生はほんとうによく勉強しました。でも、三年目に大学が語学研修を正式カリキュラムに採用したら、モチベーションが下がった。不思議なものですね。非公式でゲリラ的な教育活動だと学生たちは、それが意味のあるものだと自力で証明しようとする。でも、公式のプログラムになると、その成否は学校のもので自分には関係ないと思うんでしょう。

サコ 制度化した途端、楽しみが失われるんですよね。私のゲリラ旅行の参加者は二〇人でしたが、制度化した今はわずか五人前後。もはや制度を維持するのも難しい状況です。大学はリスクゼロの制度をめざそうとしますが、どんなに気をつけても、問題は出ます。それなら学生を巻き込んで、彼らが楽しいと思えるプログラムを教員と一緒に作っていくほうがいい。学生にプログラムのオーナーシップを渡すことが大切です。

内田 公式カリキュラムだと学生たちは「お客様」気分ですけれど、ゲリラ旅行では学生が全部自力でやりますからね。どう考えても、非公式の活動のほうが、教育効果がある。

サコ フランス語でコンプリシテ(complicité=共犯)という単語がありますが、学生たちは教員と秘密を共有する感覚になると主体的になるんですね。以前、私は京都市内の町家カフェなどを会場にしてゼミを開催していましたが、学生がカフェを提案してくれます。もちろん大学は教室移動を認めていませんが、フィールドワークの一環として実施していました。でもだからこそ教員と一緒に秘密を共有している感じがするのでしょう。コンプリシテは責任感を生むんです。

内田 共犯関係って大事ですよね。でも今の大学では、もうゼミ旅行そのものが「できたらやめてくれ」ということになっているんじゃないかな。「何かあって、保護者から訴えられたらどうする」って。

サコ 自主活動や国内外の現場で教育を行う、というのは文科省のチェック項目にも入っているはずなのに、実際にやると、単位の評価が難しいとも言われます。そこで本学では、対象期間と活動を参考に、事前・事後学習を評価することにしました。現地ではあくまで体験を重視し、失敗したって構わないと伝えています。

 

〔『中央公論』2021年2月号より抜粋〕

街場の親子論

内田樹/内田るん 著

ウスビ・サコ(京都精華大学学長)×内田 樹(神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長)×司会:小林哲夫(教育ジャーナリスト)
◆ウスビ・サコ〔Oussouby SACKO〕
1966年マリ共和国・首都バマコ生まれ。北京語言大学、南京の東南大学等を経て、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。社会と建築空間の関係性について様々な角度から調査研究。著書に『サコ学長、日本を語る』など。

◆内田 樹〔うちだたつる〕
1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『私家版・ユダヤ文化論』(小林秀雄賞)、『日本辺境論』(新書大賞)など著書多数。

【司会】
小林哲夫〔こばやしてつお〕
1960年神奈川県生まれ。94年より『大学ランキング』編集者。本誌連載を加筆修正の上まとめた『大学とオリンピック1912-2020』など著書多数。

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