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澤田晃宏 コロナ移住者の素顔とは

澤田晃宏(ジャーナリスト)
神奈川県小田原市に移住した平澤庄次郎さん
 ジャーナリストの澤田晃宏氏は、自身も新型コロナウイルス感染拡大後に東京から兵庫県の淡路島に移住し、コロナ移住の実態、田舎暮らしの現実を丹念にルポした『東京を捨てる』(中公新書ラクレ)を刊行した。東京を離れたコロナ移住者の素顔に迫る。
(『中央公論』2021年6月号より一部抜粋)

富士五湖でウィンドサーフィン

 自宅最寄りの都内の地下鉄の駅を出ると、月は見えなかった。

 ITベンチャー企業Thinkings(東京都中央区)の広報担当者・石橋みなこさん(仮名・三十三歳)は、東京都中央区の賃貸マンションで暮らしていた。間取りは1Kで、家賃は一〇万六〇〇〇円(二六平米)だ。

 二〇二〇年四月の緊急事態宣言を受け、勤務先がリモートワーク態勢になったことを機に、石橋さんは静岡県三島市で暮らすパートナーの家に移り住んだ。三島駅から徒歩一五分の賃貸物件で、駐車場代込みで家賃は六万五〇〇〇円。間取りは2DKで、広さは五五平米ある。

 約二ヵ月ぶりに自宅のドアを開け、ベッドと机とソファが敷き詰められた自分の部屋にげんなりとした。

「キッチンも狭いし、リモートワークのための家具を置く場所もない。ここで暮らし続けるのは無理だ」

 コロナをきっかけに突如始まったパートナーとの同棲生活。彼の家の前からは、富士山が見えた。自宅周辺を散歩していると、彼が「今日は満月だね」と空を見上げた。月の形など、しばらく気にしたことがなかった。石橋さんは言う。

「買い物が好きで、以前は銀座などにはよく出かけましたが、消費欲求がなくなりました。代わりに、彼と富士五湖でウィンドサーフィンをしたり、西伊豆にキャンプに行ったり、自然と触れ合う時間が増え、心が豊かになった気がします。東京にはしばらく住みたいとは思いません」

 二〇年七月、石橋さんは都内のマンションの賃貸契約を解約し、三島市に移住した。

 コロナ下で「低密」な地方への移住熱が高まっている。その源泉はコロナ下で起きた働き方の変化だ。これまで仕事が地方移住の最大の障壁だったが、リモートワークの普及により、東京圏で仕事を続けながら、地方に移住できるようになった。

 〇二年より都市住人の移住支援をする認定NPO法人「ふるさと回帰支援センター」(東京都千代田区。以下、支援センター)では、移住希望地ランキングを毎年公開している。二〇年の調査では、初めて静岡県がトップになった。

 理事長の高橋公さんは言う。

「在宅勤務の増加で毎日会社に行く必要がなくなり、東京から少し離れてもいいから、リモートワークのための部屋も準備できる広い家に住みたいといった需要が大きい。東京へのアクセスのいい、東京を中心とした一〇〇~一五〇キロ圏内の地方都市の人気が上がっています」

 神奈川県小田原市広報広聴課・都市セールス係の高橋良輔さんは「問い合わせはコロナ前に比べ、二倍以上に増えた」と指摘し、こう続ける。

「新幹線なら約三〇分、在来線でも約一時間と、都心への近さをアピールしてきたことが、コロナによる働き方の変化にマッチした印象です。小田原には海も山もあり、自然豊かな環境ですが、駅周辺には商業施設がコンパクトに集まっています。程よい田舎感が都会の人に受けているように感じます」

 大手IT企業ビッグローブ社員の平澤庄次郎さん(三十六歳)は、二〇年八月に小田原市に移住した一人だ。移住前は「とにかく満員電車が嫌」で、会社から徒歩一〇分に位置する家賃七万八〇〇〇円の賃貸アパート(一九平米)に住んでいた。新型コロナ感染拡大の影響で、昨年四月以降は出社が月一回になった。

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