――研究や保全をされているボノボの生物学的な位置付けを教えて下さい。
ヒトに最も近縁な動物はチンパンジーで、分類でいうとパン属になります。実はパン属にはチンパンジーとボノボの2種がいます。
進化的には人間とチンパンジーの共通祖先がかつて存在し、それが600~700万年ほど前に分岐して、一方がヒトへと進化する。もう一方がパン属へと進化し、その中でチンパンジーとボノボに枝分かれします。つまりヒトとチンパンジーの遺伝的距離は、ヒトとボノボのそれと同じ。その次に近いのがゴリラ、次いでオランウータン。現生の大型類人猿はこれで全てです。
――ボノボとヒトを比較したとき、似ている、違うと感じる点はどこですか。
チンパンジー10年、その後ボノボを10年以上、集団の一個体一個体を識別しながら観察してきましたが、中々飽きることがありません。なぜかというと、彼らにも社会があるんですよ。
一個体ごとに個性があって、誰と誰が親しいとか、この前の喧嘩の後はどうなったろうとか、考えますし、「あ、この個体がいるから、近くにあの個体もいるな」と思っていると、たいていその個体が現れるわけです。
一方で、私たちと違うなと強烈に感じるのは言葉ですね。かつてチンパンジーの調査を始めて、個体を識別し追跡にも慣れてきた頃、チンパンジーが夢に出てくるようになりました。よく知っている個体だから、僕はつい名前で呼びかけたくなるんだけれど、そうだ、こいつに言葉は通じないんだった、と夢の中で思うわけです。
――ボノボとチンパンジーでは集団間関係のあり方が違うということが、本書の一つのポイントでした。
基本的にチンパンジーは集団どうしが出会うのを避けますし、近づいたときには、とても攻撃的な交渉に至ることがある。それに対してボノボは、隣の集団の声が聞こえると、ダーッと駆け出して一緒になったりするんです。
近縁な二種なのに、どうしてこんな違いがあるのか。集団に生きる動物の集団間関係を見渡すと、集団どうしが親しく混ざり合っちゃうより、喧嘩や避け合いの方が起こりがちなんですね。
生物学的には競合が働くからと説明できそうなんですが、競合のもとはだいたい食物と性ということになります。
チンパンジーとボノボでは、集団のまとまり方に違いがあるのですが、チンパンジーは、オスが強さをアピールしたがる。アルファオス(第1位のボス)を中心にオスどうしは同盟を組んで、そんな社会の網目の中でメスたちが子育てしています。
例えばチンパンジーは狩猟、肉食を行いますが、誰かが獲物を捕らえると、たいていそれをアルファオスが奪ってしまうんです。その後でアルファオスを中心に、肉の分配が始まります。
チンパンジーの集団どうしは仲が悪いというのは、そのように集団の核となるオスたちが、自分の集団にいるメスたちを奪われないようにと、オスの間でメスをめぐる競合が強く働いてしまうからなのだと思います。
対してボノボはというと、オスどうしが同盟を組むような場面は中々ありません。むしろメスが強いんですね。というのも、大人のメスたちはたいてい複数の個体が一緒にいて、果実がたわわになった木に着いたときなど、自分の息子以外のオスが入り込もうものなら、数個体のメスが束になって、そのオスを追い払ってしまうんです。そんな感じに集団をメスが牛耳っているからこそ、メスをめぐってのオス間の争いが表に出にくいのだと思います。
――今後の活動方針を教えて下さい。
2018年に始めたコンゴのロマコ保護区での活動を続けています。人間活動の拡大が生存の脅威となる中、第一に進めるべきことは、ボノボが生息する保護区の運営のしっかりとしたサポートです。コンゴの保護区はどこも、国際NGOなどの外部からの支援がなければ成立しないのが現状です。なので、まずはその健全な運営を研究とツーリズムの両面から支えることが肝要と考えています。
(『中央公論』2021年11月号より)
1971年東京都生まれ。ベルギーのアントワープ動物園が進めるボノボ保全活動、コンゴ民主共和国のロマコ森林のツーリズム開発プロジェクトに従事する。京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。京都大学霊長類研究所研究員などを経て現職。原野のチンパンジーの広域調査などを進めた後、2007年にコンゴでボノボの調査を始める。