ここ最近、日本のメディアで中国のアニメやゲームなど、コンテンツに関する報道を目にすることが増えてきた。実際、中国で作られたゲームの「原神」が世界的ヒットとなり、中国人作家が作るアニメ『羅小黒戦記(ロシャオへイセンキ)』や『白蛇:縁起』も日本でファンを急速に増やしつつある。一方で、中国政府は今年8月に、未成年のゲーム依存症を防ぐ目的でオンラインゲームのプレー時間を週3時間に制限する異例の規制を出して注目を集めた。中国では今、それくらいにコンテンツ産業が白熱しているともいえるのだ。
"アニメ大国"日本からすれば、遅れていたはずの中国がコンテンツにおいても急速に力を持ったことを不思議に思う人も多いだろう。確かに、中国政府は日本製コンテンツをテレビから締め出し、国産アニメを保護してきたが、中国といえば海賊版のイメージも強いはずだ。実際、海賊版のDVDやVCDが大量に流通し、数年前まではインターネット上に無断転載のアニメやドラマが溢れていたのである。
「著作権」が浸透するまでの道のり
振り返れば、文化大革命期(1966年からの約10年間に毛沢東が主導した政治運動期)の中国では、テレビ番組や映画は国が作り与えてくれるものだった。ところが1978年、鄧小平によって市場経済を取り込む「改革開放」が始まる。そこで初めて資本主義経済で使われる「著作権」の概念が、一部の人々に知られるようになるのだ。そして1990年、中国で初めて著作権法が制定。2001年に中国はようやくWTO(世界貿易機関)に加盟し、知的財産権を含めた国際ルールに従って経済活動を行うこととなる。しかし、法律はできても、一般市民に著作権の概念が浸透するにはそれなりに時間が必要だった。
例えば、中国でもっとも有名なキャラクターといえば孫悟空だが、古来ある孫悟空を主人公にドラマを制作しようが、文房具を作ろうが、誰かに使用料を払う必要はない。ところが、『鉄腕アトム』のイラストをノートの表紙に勝手に印刷して販売することは著作権法において許されない。なぜなのか? その違いが人々に理解されるには時間がかかったし、理解できても、正規に版権を取得するには大金が必要だったのである。
ちなみに『鉄腕アトム』は、国営放送の中央電視台が放映権を正規に取得し、中国で最初に放送した日本のテレビアニメだ。ところが、当時は中央電視台であっても単独で放映権を購入できるほどの力はなく、在日華僑が間に入り、日本企業をスポンサーとしてテレビCMパッケージにすることで、中国側はほぼコストをかけずに放映権を得たという。そうでなければ放送することは不可能だった。日本企業は改革開放をビジネスチャンスととらえただろうし、中国の経済発展を助けなければならないという、先の戦争への反省に基づいた時代の空気もあっただろう。
その後、中国各地のテレビ局で日本のアニメが放送され、同時に海賊版DVDの流通も増えた。1990年代後半にインターネットが出現して以降は、ネット上で違法アップロードが絶えなかった。
ところが2011年、中国の映像コンテンツへの対応に変化が出てくる。中国の動画配信サイトが、日本アニメの正規配信を始めたのだ。その背景には、若い世代を中心にインターネットとスマートフォンが普及したことがある。市場が広がったことで、動画配信の運営会社にようやく正規配信の権利を取得できる力がつき、同時に正規配信によってユーザーを囲い込むという市場原理が働きだしたのである。
そして2011年は、中国のIT業界をリードするテンセントが、「泛娯楽(ファンユールー)」というビジネスモデルについて初めて言及した年でもある。泛娯楽とは、影響力のあるコンテンツ「明星(ミンシン)IP」を中心に、ファンと共に盛り上げていくファンビジネスを指す。ここで使われている「IP」とは、知的財産権(Intellectual Property)の略語で、明星IPとは多くのファンを獲得するスターコンテンツ、キラーコンテンツの著作権を意味する。泛娯楽はこの明星IPを中心に、ゲーム、文学、映画、アニメなどさまざまな娯楽コンテンツを打ち出し、明星IPという恒星を取り囲むようにさまざまなジャンルすべてを接続して、縦方向(一つのジャンル)と横方向(複数のジャンル)に発展していく。これは日本で言うところの「クロスメディア戦略」になろうか。
わかりやすく示されたこの概念が普及し、知的財産が利益を生む構造が中国でもようやく理解されたのである。
1977年東京都生まれ。96年から単身北京大学に留学。北京大学中文系比較文学および世界文学専攻博士(文学)。著書に『満映電影研究』、訳書に『中国文化読本』などがある。北京大学外国語学院、明治大学マンガ図書館分館館長も務める。