評者:倉持佳代子
「行きたいお店、考えないでね」
家族や友人と食事に行く前によく言われる。意地悪で言われているのではない。筆者が行きたいと強く願うと、なぜかその飲食店が「休業」している確率が高いからだ。外食が何より楽しみなのに一体なんの呪い......? 苦悶する日々だったが、本作を読んで腑に落ちた。どうやらこれは呪いなどではなく、「異能」と呼ばれるものらしい。
異能とは、生まれ持った特殊な能力・才能のことだ。そう聞くと、超人的なものをイメージするだろう。SF・バトルマンガでは必須要素だ。これらに登場する異能力者は、謎のヒーローのような形で力を発揮する。時には世間から迫害される存在として描かれることも。ところが、近年では、『僕のヒーローアカデミア』のように、異能が日常にあり、さらにはそれが社会のシステムに組み込まれているといった世界観の作品も増えてきた。
本作もそうした一つと言えるだろう。誰もが異能を持ち、それを「異能検定」で調べられ、履歴書に書く欄もある。そんな世界の物語だ。だが、かっこいい必殺技や息をのむような戦いは出てこない。登場するのは「相手の空腹具合がわかる」「リンゴの皮を途切れさせずにむける」など、とるにたらない能力ばかりだ。
舞台は中小企業のオフィス。女性会社員・星野は、「書類を崩さず置ける」異能を持つが、実はもう一つある。精度にブレがあるので公表していないが、「人の異能がわかる」のだ。すれ違う人の異能をのぞき見たり、自認する能力と実際に齟齬がある人を見つけてヤキモキしたり。また、同僚の藤原は検定を受けておらず「不老不死」という激レアな異能を持つが、彼自身は知らない。壮大な展開につながる能力なのに、劇的な事件は起きそうで起きない。知らなければ、これもまた一つのしょうもない能力なのだ。
基本的には、星野が趣味的に異能ウォッチを楽しむ様子と、変な異能を持つ同僚たちとの日常を描くほのぼのオフィスコメディだが、たまに仕事の核心を突くエピソードも。
例えば、大手コンサルタント会社に勤める井上が登場する回では、「天職」とは何かを改めて考えさせられる。星野と同じ「人の異能がわかる」能力を持つ彼は、異能だけで人を判断する人事コンサルタント。突出した能力を持たぬ人を無能と決めつけ、リストラを含めた人員整理の提案を得意としていた。井上は星野の会社に派遣されてきたが、社員達の異能が、担当業務とほぼリンクしていない現状に愕然とする。しかし、それでうまく回っているのだ。ゆるやかな社風に触れ、井上は戸惑う。努力や性格など後天的に得た要素も、仕事の適性をはかる上で重要だと気づいていくのだ。
自分の才能に限界を感じている人、仕事に行き詰まっている人はぜひ読んでほしい。肩の力が抜けることだろう。
ところで、冒頭で話した筆者の異能は何かの役に立つのか? 今のところ、このしょうもない能力の使い途は思いつかない。
(『中央公論』2021年12月号より)
京都国際マンガミュージアム学芸員