――2019年から最近まで約2年間の農業体験を綴った本書は、愛媛の実家や近所の方の農地が太陽光パネルに覆われそうなところから始まります。
農業をやめてしまう理由は、猿や猪の獣害、高齢化や後継者不足が大きいと思います。農地を太陽光パネルにするのはお金目的に思われるかもしれませんが、「もうなんぼでもええ」と皆さん言うんですよ。とにかく手放したい思いが強いんですね。私の祖父の世代は、先祖代々受け継いだ農地は手放してはいけないと考える人が多かった。一方、今70代の父たちの世代は、楽になりたい、子供に迷惑をかけたくない思いが強く、農地を売れる話が舞い込んだら9割は手放したいと思うのではないでしょうか。その背景には、農林業が主な産業だった時代が終わり、職業が多様化したことがあります。私の地元は兼業農家が大半で、サラリーマンをしながら農業をするのはしんどいし、スーパーに行けば野菜を安く買える。そうした時代の変化があると思います。
「猿に見つかったらおしまい」と、土地を手放してしまう人が多いです。私が子供の頃は猿はほとんど見なかった。ここ15年ぐらい、人が山に入らなくなり山が荒れ、里との境界もなくなって野生動物が来るようになった。戦後に建材用の針葉樹を植えすぎて木の実がなくなったことも理由のようです。
――04年に上京、16年に結婚されてからご自宅でも家庭菜園を始めておられますが、きっかけは何でしたか。
11年の東日本大震災かもしれません。その前にもプランターで野菜を作っていましたが、今は野菜の種類も増え、味噌や梅干しも作るようになった。災害があった時に非常食になるし、種を取って来年も植えたり、自然のサイクルと共に生きるのって大事だなと思いました。もう一つ、故郷を離れ東京に出て初めて、いい所で育ってきたんだなと思えたんです。祖父母と一緒に畑に出たり、母と一緒に味噌を作ったり、梅干しを漬けたりするのが、しなやかで豊かな生活だったなと改めて見直すようになりました。
――家庭菜園を手軽に始めるには何がお勧めでしょうか。
育てるのが面倒だと思う方は、逆にコンポスト(都市ごみを発酵させて作った堆肥)からやってみると面白いかも。ごみだったものが分解され土に戻る様子は神秘的ですよ。生ごみの量が半分ぐらいになり、達成感もある。段ボールコンポストだと、虫が湧いたと言う方が多いので、少しでも土があったら、穴を掘って米糠とか落ち葉を乾燥させた堆肥と一緒に入れ、上を密閉するといいですね。今はコンポストセットも市販されています。1週間ぐらいすると生ごみがだんだん堆肥になっていく。それをプランターの土に混ぜると、いつもより目に見えてよく育つんです。手作りの肥料が効いていると嬉しいものですよ。冬は種蒔きには早いけれど、コンポストを始めるには臭くならず丁度いい季節かもしれないです。寒いと分解のスピードは緩やかですが、今のうちに準備して慣れておくといいかもしれません。
ゆっくりしたペースで成長する植物が側にあると、忙しい生活をリセットしてくれます。それから、小豆を蒔いたら必ず小豆ができる。似ているけどササゲにはならない。そういう当たり前の発見にハッとしたりします。
――今後の活動を教えてください。
本にも私の実家の農地で農業を始める若者二人(なっちゃん、ゾエ)が登場しますが、畑が広いので、これからはメンバーを少し増やせたらいいよね、と話しています。農業を経験していないけど、興味はある人って案外いると思うんです。土に触るきっかけがなかっただけですよね。愛媛にいても街の子はほとんど触ったことがないと思う。だから、そうした子を誘ってみて、橋渡しができたらいいなあ。なっちゃんとゾエは仕事の傍ら、休日は農作業。猿に食べられないものを研究して育てなよってことで、最近はピーマンや唐辛子、ごぼうなどを作っていました。手伝いの域を越え、責任を持って取り組んでいます。
(『中央公論』2022年1月号より)
1982年愛媛県生まれ。作家・詩人・作詞家。鳴門教育大学卒業。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、アーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。エッセイ集『いっぴき』『旅を栖とす』、詩画集『今夜凶暴だからわたし』、小説『ぐるり』など著書多数。