透明性の時代
異世界ものやウェブ小説に馴染みのない読者も多いだろうが、本誌の読者層は少なくとも一つ接点を持っている。中公新書『ルワンダ中央銀行総裁日記』だ。本書は、異世界もののお約束を意識した帯――「46歳にしてアフリカの小国ルワンダの中央銀行総裁に突然任命された日銀マンが悪戦苦闘しながら超赤字国家の経済を再建しつつ国民の生活環境を向上させた嘘のような実話」――によって、最近再ブレイクした。半世紀ほど前の本だが、2021年だけで9万部重版されたとのことだ。
過剰に説明的なフレーズは、ニュースや対談などの記事がTwitterやInstagramなどで共有されるときに頻繁に使われている話法である。例えば、「65歳が創作の波にのまれる話」との言葉とともにSNSに投稿された、たらちねジョンの漫画『海が走るエンドロール』第1話は、28万件いいね/9万回シェアされ、発売直後に重版がかかるなど、早々にヒット作の仲間入りをした。この種の言葉遣いを漫画家、出版社、その他企業が用いることは珍しくない。
こうした事例は、『転スラ』や『はめふら』のネーミングと同じく、何か印象的なモチーフや詩的なフレーズを並べるというよりは、「どういう属性の何がどうなったか」との概要を明示している。
これらの事例の共通性を一言で言えば、作品の概要やあらすじなど内容を端的に示した一種の「中身」が、作品の「外側」から見通せるということだろう。概要やあらすじは、ウェブなら商品説明欄や予告動画、モノなら商品の帯や裏面などに示されている。これらはあくまでも「内容」に属するものであって、元々は作品の「看板」や「顔」ではなかったはずだ(漱石の例を思い出してほしい)。にもかかわらず、表面からその成分が見通せている。
見せるべく整えられている「表」と、踏み込まなければわからない「裏」の対比がここにはない。中身が表面において先取りされ、露わになっている。これを「透明性」と呼ぼう。