マッピングされた文学
『オルタカルチャー日本版』は90年代サブカルチャーの総論というべき内容だが、各論として文学シーンを眺めるのに最適なムックが『文藝別冊』(河出書房新社)の98年8月発行『'90年代J文学マップ』、翌99年8月発行『J文学をより楽しむためのブックチャートBEST200』の2冊だろう。
この頃の『文藝』(同)は「J文学」をコンセプトに掲げ、新しい文芸シーンの確立を目指していた。
当時『文藝』編集長だった阿部晴政は『STUDIO VOICE』(INFASパブリケーションズ)2006年12月号のインタビューで「編集部で共通了解だったのは、90年代のメインカルチャーは音楽だったんじゃないか」「文学をカジュアルにして、敷居を低くしたいというのが僕らの狙いだった」と語る。
この証言の通り『'90年代J文学マップ』では、作家を音楽に喩えるチャート図が掲載されている(構成は佐々木敦+d.プロ)。縦軸には「LOVE」「HATE」、横軸には「AVANT-GARDE」「POP」と音楽の概念が対置され、さらにテクノ、ギターポップ、ハードコアとジャンル名が対角線上に置かれており、音楽の好みから最適の作家が導き出せるようになっている。マップに並ぶ作家は、小説家に限らない。「脱力フリーター系ゾーン」には作家の町田康、鷺沢萠(さぎさわめぐむ)、鈴木清剛と並び、ミュージシャンの電気グルーヴ、漫画家の山田花子、ねこぢるの名が配置される。文学とサブカルチャーを等価に扱い、密接に結びつけようとする姿勢が見える。
このほか『90年代J文学マップ』では「'90年代デビュー作家」「W村上(春樹・龍)以後の作家」に分け、99人の作家の顔写真、プロフィール、紹介文が掲載されている。こちらは「ポップな国語便覧」というべき内容だ。「書店員匿名座談会」も収録されており、作家と出版社に限らず、書店や読者を巻き込んだシーン形成を「J文学」が目指していた様子がうかがえる。
『ブックチャートBEST200』では「J文学マップversion99」が作られている(構成は三田格(いたる)と水越真紀)。こちらは「真理」「無意味」を縦軸、「AC(アダルトチルドレン)」、「MC(マザーコンプレックス)」を横軸に配置した心理学に特化した内容であり、小説家に限らない広義のクリエイターの名前が並ぶ。ACと真理のゾーンには、ゴールデンタイムに放送され高視聴率を記録していたテレビドラマのシナリオに、いじめや近親相姦などヘヴィーなテーマを盛り込み物議を醸した脚本家の野島伸司が配置されているのは興味深い。