平成期における『未来記』再発見
次第に日本人の救済へと主眼を移していった五島は、1991年に『聖徳太子「未来記」の秘予言』を発表。その副題「1996年世界の大乱、2000年の超変革、2017年日本は」からうかがえるように、これはノストラダムスが予言した99年の「人類滅亡」とは異なるタイムラインとなっており、その理由も説明される。五島いわく、聖書は「現代の危機全部も、相当正確に見通している」と同時に、「世界破滅を救えるのは、ユダヤ・キリスト教の神だけだと」しているものだ。そこで『聖徳太子「未来記」の秘予言』は、「自信たっぷりの聖書・ユダヤ予言を超える日本からの返球」であり、「古代日本の最高の知性が、ユダヤ・キリスト教・白人文明の思い上がった未来プログラムを打ちくだく」秘密を説くものである(11頁)。
本書のスタイルは、かつての『大予言』とは異なる。73年の『大予言』が世界中でよく知られたノストラダムスの『予言集』から出発しているのに対し、『聖徳太子「未来記」の秘予言』は五島が京都の不思議な尼僧から、自国日本の幻の予言書を教えてもらうという物語から始まる。そして、日本の古寺に潜むこの秘宝の正体について様々なソースから情報を得て、読者が五島とともに『未来記』の内容を発見していくスタイルになっている。
ただ、本書で五島は『未来記』そのもの――より正確にいえば、そのなんらかのバージョン――を参照しているわけではない。幻の『未来記』は「予言ハンター」の彼でも入手できなかったという。しかし、彼は大正時代の「古い太子研究書」などの記録を中心に執筆を進め、聖徳太子による八つの予言を紹介し、解釈を加えていく。①「七歳で蘇我(そが)氏と物部(もののべ)氏の滅亡を予知」したこと、②「十四歳で物部氏滅亡のプログラムを実現」したこと、③太子の生まれ変わり伝説そのものが「現代日本の病根」を見通していたこと、④1996年の世界大乱、⑤「九十六」以後の日本の行方、⑥「遷都の予言、東京は環境悪化で七つに分散する」こと、⑦「天馬」に乗る太子は「リニア新幹線」や「ジェット機」を予知したものであること、⑧聖徳太子自身とその一族の破滅も予知したこと、である。
しかし、八つの「予言」は、わざわざ「秘書」や大正時代の絶版の「古い太子研究書」を見ずとも、前掲の『太平記』や『聖徳太子伝暦』にも描かれている。例えば、本書の副題に見られる「1996年」や「2000年」は、先ほど取り上げた楠木正成の天王寺訪問エピソードに対する五島の解釈から来ており、「秘書」を活用する必要はない。ただ彼は、最も一般的な『太平記』のテキストにある「人皇九十五代」でなく、西源院本なる異版の「人王九十六代」という言葉を踏まえて解釈を行う。「人王」を「人という王」の意味で捉え、それは「人間そのものをさす尊称」だとすれば、「人間の九十六の代」、つまり「西暦一九九六年代」と解釈できるのではないか、と述べるのだ。いかにも五島らしい強引な立論だが、本書は多くの人々を魅了し、91年ノンフィクション部門のベストセラーともなった。
1980年生まれ。サンパウロ大学歴史学科卒業。東北大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は宗教史学(近代日本仏教研究)。著書に『近代日本思想としての仏教史学』、編著に『戦後歴史学と日本仏教』など。筑摩書房から新書『聖徳太子』刊行予定。