(『中央公論』2022年5月号より抜粋)
- 聖徳太子とコロナ禍
- ノストラダムスと五島勉
- 「予言者聖徳太子」の歴史的背景
- 日本の救世主を求めて
- 平成期における『未来記』再発見
聖徳太子とコロナ禍
中国の武漢(ぶかん)市に端を発した新型コロナウイルス感染症は、2020年から世界中で猛威をふるった。そしてコロナ禍が深刻化するにつれて、この事態を予言した過去の偉人が実は存在した、という記事等が各国で散見されるようになった。そのような場面で真っ先に名が挙がるのは、ルネサンス期のフランスで活躍した「予言者」の代表的存在・ノストラダムス(1503~66)である。彼はその『予言集』で「海上都市の大きな悪疫」について語っており、それは多数の河川が長江に流れ込む武漢市と新型コロナウイルスを指すと解釈する人が、直ちにネット上に現れた。
日本でも、類似の動向が見られる。「地震予知、不思議科学、UFO、オカルト、世界遺産など知的好奇心を刺激するニュース」サイト「TOCANA」は、早くも20年2月に新感覚オカルト作家・白神じゅりこの記事「聖徳太子2020年の予言は「新型コロナウイルス」だった!」を掲載。当該記事は、聖徳太子の予言書とされる『未来記』が、世紀末の悪鬼「クハンダ」の日本襲撃によって東京は封鎖され、首都は東北に遷ると予知していたのだ、と述べる。
『未来記』については後述するが、同書は特に中世以降、聖徳太子の予知能力を描く様々な作品に登場するものだ。実は『未来記』という聖徳太子による書物が存在しているわけではなく、彼に仮託した一連の予言書をこう総称する。鎌倉期から江戸期にいたるまでいくつもの異なるバージョンが各地の寺社で「発見」されており、簡単にいえばテキストとしては存在しているものの、いわゆる偽書の一つである。ただ、白神の記事でもわかるように、太子の権威を借りつつ未来を語ろうとする姿勢は、江戸期の数百年前に終わったわけではなく、令和の今日まで続いている。本論では、西洋最大の予言者としてノストラダムスを日本で紹介し、そして東洋の代表的な予言者としての聖徳太子のイメージをこの国で広めた人物を取り上げ、その影響を考察していく。