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『黄色い耳(((胎教)))』 黄島点心著 評者:川勝徳重【このマンガもすごい!】

川勝徳重
『黄色い耳(((胎教)))』 黄島点心著/リイド社(リイドカフェ・コミックス)

 戦後すぐにブームを迎え、「赤本漫画」と蔑まれた描き下ろし単行本では、世界の終わりを夢想する荒唐無稽なSF漫画が小松左京や夢野凡天、田川紀久雄(きくを)など若い漫画家によって多数描かれた。中でも手塚治虫『来るべき世界』は白眉だ。これらの作品から少し遅れて登場したのが楳図かずおである。

 単著デビュー作『別世界』(1955年)は人間と動物の相剋や大災害などが地球史的な視野で扱われ、この主題は長編漫画『14歳(フォーティーン)』(95年完結)にまで引き継がれる。そして、この系譜を意識的に受け継いでいるのが近年の黄島点心(きじまてんしん)作品である。新刊『黄色い耳(((胎教)))』の表題作は次のような筋書きである。

 5人の仲良しギャルグループのメンバーであるレーナとジュレは同じDV男に二股をかけられていた。彼女らは彼を殺して山中に埋める。後日、再び同じ場所へ来たレーナは、内臓が露出したキノコの化物と遭遇する。彼女は彼(キノコの化物)に一目惚れし、キノコの子供を孕む。彼は突然変異として生まれた耳(ミ)ュータン人(ト)・通称「耳っち」であり、二人は耳キノコ族から執拗に狙われる。彼らの逃避行に海底火山やムー大陸の伝説が絡み合い、物語は地球規模のスケールに膨れ上がってゆく。

 一読すると、耳の形状の連想でイメージを紡ぐ手法、躁状態のギャルたちの饒舌な会話、目まぐるしく展開するシーンの数々に眩暈がする。だが、その設定は見かけよりも精緻だ。そこには観念で世界を転倒する企てがある。


 作中、耳キノコ族はこう言う。

「君たちが現実だと思っているこの世界そのものが............『胎教』であると同時に.........我々耳キノコの『胎児の見る夢』であるとしたら.........どうする!?」。つまり本作では夢と現実の転倒が基調になっており、漫画内の現実は、「人間も動物も滅んでいる」世界かもしれず、「全くこのままかも」しれない。そうであるから予想外の結末に説得力が生まれる。

 この観念による転倒は、黄島作品に繰り返し描かれてきた。「断末夢」(コミック配信サイト「リイドカフェ」に掲載。『黄色い悪夢』に収録)という短編は、布団圧縮袋に全裸で入れられて窒息死させられた女性が、圧縮袋の中と外の世界を「観念によってひっくり返す」ことで脱出する作品だ。また同じく短編の「太古の手ぐすね」もスクールカースト下位の女子中学生の「恐竜になってイヤなやつらをブッ殺す」という個人的な妄想が、地球規模の危機へと転換される。

 ぼくと君という小さな関係性がそのまま世界の危機につながる点では「セカイ系」と評されそうだ。しかし、その言葉から想起されるイメージと黄島作品のカーニバル性はあまりにもかけ離れている。それよりも楳図作品を意識的に継承していると考えれば色々と腑に落ちる。モチーフの類似もあるが、それよりも認識の転倒を紙の上で具現化すること、その上で荒唐無稽の力を信じること、そしてユーモアを忘れないこと。黄島は、異端にして正統な怪奇作家なのだ。


(『中央公論』2022年6月号より)

中央公論 2022年6月号
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