評者:石岡良治
マンガのポテンシャルはいまなお汲み尽くされていない。時代ごとに移り変わる社会や感受性のもと、数多くの作品が次々に生まれていく様に感嘆してきたし、新しいマンガに不意を打たれる経験の到来をこれからも積極的に待ち望んでいきたいところだ。
だが改めてマンガの世界を見渡すと、その多種多様性に驚かされるのみならず、作品のバリエーションが、実際には想定読者層の細かな区分と表裏一体だと気付かされる。すなわち、「スポーツ」「ホラー」などのジャンルだけでなく、「少年マンガ」「少女マンガ」を典型としたジェンダーや年齢による区分がもたらす「定型」が、読者にとって重要な手がかりとして機能しているのだ。
マンガに一定の多様性をもたらす「定型」からは、あらかじめ特定の物語展開への期待が読者に生まれる。ゆえに予期が覆される楽しみも生まれるのだろう。その反面、関心の薄いジャンルの作品が「いつも同じ」単調な世界に映るという批判が時に起こることを認めざるを得ないのではないか。
そうしたなか、従来の想定読者層を問い直す動きが、現在のマンガのダイナミズムを形成しているように思われる。2022年にウェブ雑誌「週刊コロコロコミック」で連載開始した「ぷにるはかわいいスライム」は、「かわいい」を手がかりにすることで、老舗雑誌『月刊コロコロコミック』の作風を維持しながら「元読者」や非読者にも開かれたコメディを繰り広げている。
『コロコロコミック』は創刊時の目玉連載が「ドラえもん」であり、学年誌の末裔といえる特性をもつが、想定読者は事実上、小学生男子に限られている。ホビーや玩具・ゲームとの豊富なコラボと連発される下ネタが共存する、この雑誌独自の世界では、異性(もちろんほぼ女性と想定される)に関心をもったら雑誌を卒業して『少年サンデー』などを読むべし、という原則のもと、恋愛マンガは基本的には掲載されない。他方、小学生女子には同じくホビーや玩具・ゲームとの豊富なコラボを展開している『ちゃお』などが用意されており、こちらではアイドルマンガや恋愛マンガ、ホラーマンガなどが誌面を彩るわけだ。
著者まえだくんが本作で仕込んだ巧みさは、主人公コタローが小学生の時に作り、命が宿ったスライム「ぷにる」が、コタローとともに成長した結果、マスコットペンギンのようなかつての姿から「女の子」のような見かけになる(がスライムは設定上無性(むせい)だ)というシンプルな設定のもと、毎回様々な姿で装うぷにるを登場させていることにある。本作は典型的な少年マンガのラブコメディ作品であるかのようだが、「中二」のコタローがずっとかわいいものを好きであり続けていること。そしてぷにるの「コスプレ」が自分自身を成形するホビーである「スライム工作」に結び付けられているという微細な差異が重要だろう。こうして『コロコロコミック』マンガのポテンシャルを予想外の仕方で引き出しながら、新たな「定型」を模索する試みが毎回繰り広げられていくのだ。
(『中央公論』2022年11月号より)