人間にダイブしよう!
──著書のテーマはアートに限らず、ベンガル地方の吟遊詩人や、弔いなど幅広いですが、描きたい内容には一貫するものがあるのでしょうか。
人がどう生きているかにすごく興味があるんです。
私の作品は、多様な分野を扱っているように見えて、魅力的な生き方をしている個人を描く、という点で一貫しています。仕事で成功したということではなく、社会の枠組みから逸脱しながらも、人間として自由に、素晴らしい生き方をしていると感じる人。そういう人に触れると元気をもらえるし、心から楽しくなる。私自身がそんなふうに生きたいと思っているからでしょうね。
自分を広げたり、変えたりしたいという欲望が常にあります。取材対象の話を聴いてじっくり咀嚼することは、その一つの方法です。繰り返すうちに、その人のエッセンスが私の中に入ってきて、一体化するかのような瞬間が訪れ、前とは少し違う自分になっているのを感じるのです。
30代までの私は、「ここではないどこか」を求め続けていました。日本にずっといたくない、どこかに行かなきゃという衝動から22歳で日本を飛び出し、アメリカで6年暮らした後、中南米に通い、さらにフランスへと移った。ものを書き始めたのは38歳、日本に戻ってからです。
42歳で出産すると、もう旅に出られないのだ、と覚悟しました。娘を抱ける喜びをかみしめる一方で、時間はないし家も空けられず、できることが限られるなか、これから何を書けばいいんだろう、と頭を抱えたとき、「人間の内面にダイブしていこう」という思いが自然に浮かんできた。この状況で唯一私を自由にしてくれるのは、面白い考えを持つ他者に触れることなのではないか、と。
そう開眼して周りを見回してみると、面白い人はどこにでもいました。2016年に出した『晴れたら空に骨まいて』(講談社文庫)の冒頭に登場する畠中(はたなか)恵子さんは、実家によく来る母の友人です。旦那さんの遺灰を持ち歩き、世界の川や海、空に散骨する珍しい人で、一緒にご飯を食べていたら「骨が残り少なくなってきたから、そろそろネパールに行こうかな」と言うので、興味を惹かれました。話を聞くうちに書いてみたくなり、まず1章ができ上がった。面白くてそのテーマで取材を続けていった結果、1冊になりました。遠くまで行かなくても、面白い人や切り口は、どこにでも見つかるものなのです。