川内有緒 執筆に行き詰まったとき「人間の内面にダイブしよう」と思った
物書きの眼
──その感覚をどう養ったのですか。
どうすれば面白いものに気づけるのか。それを学んだのは04年、全日本空輸の機内誌『翼の王国』のシルクロード取材のときでした。日本のシンクタンクを辞め、パリで国連職員になる直前、奇妙な経緯からです。
その頃、のちに出版した『バウルを探して』(三輪舎)の写真を撮ることになる写真家の中川彰さんと出会って意気投合し、どこかへ旅をしたいという話になりました。せっかくなら取材を兼ねようと、メキシコの先住民を訪ねる企画を中川さんと一緒に『翼の王国』編集部に持ち込んだ。すると編集者から、「いいんじゃない。でもその前にぴったりの企画があるよ」と、シルクロード特集を提案されたのです。編集長やライターの森永博志さんと一緒に、敦煌(とんこう)から2週間かけてシルクロードを辿っていく、壮大な企画でした。
商業的な文章を書くのは初めてで、何を書けばいいかわからないまま、敦煌に着きました。シルクロードといえば、誰もいない砂漠をラクダのキャラバンが進んでいくようなイメージですよね。でも全然違ったんです。すごく観光地化されていて、砂漠は観光客で溢れていた。
そのとき森永さんが「見て! あそこのおじさんすごいよ」と、ホウキを手にしたおじさんを指差しました。「すごいよね、砂漠を掃いちゃうんだから」。それを聞いて、森永さんのほうがすごい、と思いました。大勢の中でその人に注目するという眼の解像度の高さに驚いたのです。結局その砂漠を掃くおじさんの写真が、従来のシルクロードのイメージを覆すドラマチックな旅の始まりとして特集の扉に使われました。
ノンフィクションはこういう視点で書くんだな、と勉強になりました。森永さんとご一緒したのはその一度きりですが、2週間いろいろな話をしたおかげで、帰国後一人で原稿を書き上げることができた。それは大きな出来事でした。